【聖地学講座第85回】
桓武帝については、サイトや拙著でも何度もテーマに取り上げ、彼が創建した平安京が怨霊封じを徹底的に施した都であったことを明らかにしました。そこから、私は桓武帝の人間像を陰陽道に耽溺し、自らが死に追いやった弟の怨霊に悩まされるパラノイアな支配者ととらえていました。しかし、新しい資料をいくつか紐解いてみると、そんなパラノイア的な桓武像とはかなり異なる人間像が浮かび上がってきたのです。今回は、そんな話を中心に、歴史を解釈する上で、固定観念に囚われず、様々な角度から検証することが大切なことを記したいと思います。
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1.歴史の見方
・桓武は本当に弟の霊を恐れていたのか
・空海は本当に水銀中毒で死んだのか
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