「三宅雪子さんの訃報を受けて」
元衆院議員の三宅雪子さん(54)の訃報が報じられたのは、1月6日の午後でした。報道によると、昨年12月30日の夜、雪子さんは行方不明になったそうです。ご自宅には遺書が遺されており、ご家族にも自殺をほのめかすメールを送信していたため、ご家族が行方不明の届け出をして、警察が捜索していたそうです。そして、12月31日、芝浦ふ頭で雪子さんのものと思われるリュックと靴が発見され、警察が捜索を続けたところ、1月2日の午後3時50分頃、大田区城南島の海岸で雪子さんのご遺体が発見されたそうです。
あたしは、雪子さんが行方不明になる数日前までメールでやり取りしていたので、あまりにも突然のことで頭が真っ白になり、何も手につかなくなってしまいました。悲しみよりも驚きのほうが大きく、初めて涙がこぼれたのは、最初の訃報から3時間も経ってからでした。
あたしが初めて雪子さんとコンタクトを取ったのは、今から約7年前の2013年の春でした。2012年12月の衆院選で「生活の党」から出馬し、落選して議員バッジを外すことになった雪子さんは、当事、与党だけでなく野党からも批判されていました。しかし、弟さんが障がい者ということもあり、常に社会的弱者の立場に立った雪子さんの政策には心を打つものを感じていたため、あたしは応援のメッセージを送ったのです。
雪子さんは、あたしより7歳年上のお姉さんでしたが、元フジテレビの社員だったこともあり、フジテレビの専属のヘアメイクとしてしばらく働いていた経験があったあたしとは共通の知り合いもいて、すぐに仲良くなりました。そして、
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