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【Vol.322】冷泉彰彦のプリンストン通信

冷泉彰彦のプリンストン通信
▼「専門家頼みのリスコミを疑う」  コロナ危機の進行に伴って、リスコミ(リスクコミュニケーション)とい う言葉に接する機会が増えてきました。色々な定義ができると思いますが、 広い意味では、リスクが増大している時期、つまり危機が進行している中で 社会の中で飛び交うコミュニケーションを、どうやったら上手く進めていく かという問題意識であると思います。  例えば、Wikipediaの日本語バージョンでは、どなたかが書いた「社会を 取り巻くリスクに関する正確な情報を、行政、専門家、企業、市民などのス テークホルダーである関係主体間で共有し、相互に意思疎通を図ることをい う。合意形成のひとつ」というキレイな定義付けがされていますが、問題は それをどうやったら上手くいくかということだと思います。  まずこの間、アメリカでも日本でも見られる現象として、「正しいことは 専門家に語らせる」というアプローチがあります。  例えばアメリカの場合は、大統領の役割は「コロナなんて大したことない (3月上旬まで)」「いや、大変みたいだから俺が仕切ろう(4月上旬ま で)」「もう我慢出来ないので経済オープンしよう(4月中旬以降)」とい う大雑把で、極めていい加減な仕切りを続けています。  さすがに一番厳しい時期はケンカを売るのは止めていましたが、厳しい姿 勢を取るのに少し飽きてくると、どうしても危機意識の少ない中西部の支持 者の言い方とシンクロしてくるらしく「俺が人工呼吸器を手配したのにお礼 の言葉が少ねえじゃないか」とか「どうせ各州のマスクとか人工呼吸器の要 求数なんて盛ってるに違えねえ」などと言いたい放題になっています。  危機の深い州では、特に後者の方については「命の問題に関してあまりに 不謹慎」という反応になるわけです。当然すぎるほど当然ですが、ある種の 宿命として、コロナ危機の深刻な州は「人口密度が高く、国際社会と密接」 という特徴があるために、民主党支持(リベラル)であるわけです。そうな ると、この種のケンカというのは、以前からある「左右対立」だということ になり、感染拡大への危機感の薄い保守州は「大統領のほうが正しい」と思 いこんでしまいます。  先週全米で騒動となった「社会をオープンしろデモ」の大盛り上がりにつ いては、トランプが背後で煽っていたのですが、どう考えても悪質な行為で はあるわけですが、憎いリベラルの言うことを聞いてこれ以上ガマンをする のはイヤ、という左右対立から言われてしまうと、議論は難しくなります。  その点で、結局「専門家」が登場しないとダメということになります。  アメリカの場合は、ホワイトハウスの専門家チームというのがあって、3 名が主要な「顔」としてメディアに出てきます。それぞれにキャラが立って います。 アンソニー・ファウチ博士・・・感染症の最高権威ということになっていま す。絶対に主張を曲げません。ですから、大統領の言うこととしばしばズレ が発生します。大統領がファウチ博士をクビにするとか、ファウチ博士の方 で怒って辞任するという噂が出たことは数え切れないほどあります。ですが、 ファウチ博士は絶対に大統領の売ってくるケンカは買いません。大統領批判 もしません。ですが、正しいことは曲げない、そうしたキャラで押し通して います。その結果として国民の中でも博士の悪口を言う人はいません。 サマンサ・バークス博士・・・女性専門家としてファウチ博士とコンビを組 んでいます。非常に雄弁です。論旨も明快。ファウチ博士とのズレはありま せん。同じように、絶対に大統領批判はしません。ファウチ博士と異なるの は、医学面以外で大統領の姿勢に「お付き合い」をするということです。良 くも悪くも政治的センスがあります。例えば中国での初動への批判とか、ウ ィルス人為説などでは、科学者として許されるギリギリの範囲で大統領への 「迎合」という名人芸を展開することがあります。ファウチ博士を含む専門 家チームを守るためなのだと思います。 ジェローム・アダムス博士・・・軍医として閣僚メンバーである保健長官( Surgeon General of the United States)のポストを務めています。トラ ンプ政権では珍しいアフリカ系です。トランプ派と目されていましたが、危 機が進行するにつれてファウチ博士のチーム内で、ズレやブレなく活動する ようになってきました。それとともに、東部など危機の進行している州では 人気が上昇していますが、反対に中西部では不人気になったのか、表舞台に は出たり出なかったりです。  とにかく、ファウチ博士が最高権威で、バークス、アダムスの両博士は、 それを補佐しながらファウチ博士をトランプとトランプ派の無茶から「防衛 する」ように動いているようです。  結果的に、この間に大統領の支持率はアップしましたが、その支持という のはファウチ体制への支持だという解説もあるぐらいです。大統領は右派的 な、あるいは命よりカネ的な放言大魔王として「野放し」になっている分、 ファウチ体制がしっかりと「リスコミ」の重責を担っているという奇怪な構 造になっています。  一方で日本の場合ですが、加藤勝信厚労相は、最初のうちは必死に会見を やっていましたが、「危機が深化する中では組織防衛的なニュアンスが出る と炎上するだけ」ということが見えてきたので、後ろに引っ込んでいるのは 正しいと思います。また、菅官房長官については「有能なのに安倍総理が外 しているのが間違い」という解説がありますが、そういうことではなく、決 してこの方もリスコミが得意なわけではないと思います。  政治家の場合、リスコミということでは、小池都知事の評価が上がってい ますが、彼女の場合は築地問題がいい例で、批判者、チャレンジャーとして のスキルはあるわけです。ですから、政府がモタモタしていて、それを批判 するという構図に持ち込むと強い、ですが、自分として確たる方針があるの かというと、どうも怪しいわけです。その証拠に、会見を毎日やっています が、その話術はテレ東時代同様にプロ級ですが、内容は薄いです。

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  • アメリカ北東部のプリンストンからの「定点観測」です。テーマは2つ、 「アメリカでの文脈」をお伝えする。 「日本を少し離れて」見つめる。 この2つを内に秘めながら、政治経済からエンタメ、スポーツ、コミュニケーション論まで多角的な情報をお届けします。 定点観測を名乗る以上、できるだけブレのないディスカッションを続けていきたいと考えます。そのためにも、私に質問のある方はメルマガに記載のアドレスにご返信ください。メルマガ内公開でお答えしてゆきます。但し、必ずしも全ての質問に答えられるわけではありませんのでご了承ください。
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