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【Vol.325】冷泉彰彦のプリンストン通信

冷泉彰彦のプリンストン通信
「PCR検査数抑制、考えられる10の可能性」  新型コロナウィルスに関するPCR検査ですが、韓国や欧米と比較すると、 日本の場合は件数が極端に少ないことが問題視されています。単に少ないだ けでなく、検査件数を絞るために「37・5度4日間」という謎のルールが 設定されていた期間には、現場がこれに縛られた中で救命失敗の事例も報告 されています。  また社会として感染者の実数把握ができない中では、出口戦略も描けない し、仮に経済活動を再開しても今度は人々が疑心暗鬼となり、経済の再起動 に失敗する原因ともなりかねません。そんな中で、この問題、加速度的に政 治課題化しているのも事実です。  ですが、統治スキルのない野党がこの問題で政府を攻撃しても、迫力も説 得力もないわけです。また、攻撃された政府が官僚の書いた低レベルの自己 弁護答弁を繰り返してしまっては、政治への信頼、行政への信頼も崩壊して しまいます。  仮に安倍政権が現状を「うまく言い逃れ」たとしても、今度は国際社会か らの信頼という問題が出てきます。2021年のオリパラ開催はほぼ風前の 灯という感じですが、このまま「検査しない国」というイメージが先行して しまうと、結果的に開催断念の口実にされかねません。また、国境オープン 後の、インバウンド消費にも、また国際的な機関投資家による日本への投資 にも悪影響が出ると思います。(中略)  というわけで、どう考えても検査数の拡大が求められているわけですが、 問題は「どうして数が伸びないのか?」という理由です。野党は自身の無能 を棚に上げて政府を叩きますが、政府にしても理由が分かっていて隠してい るなどという高スキル集団ではありません。では、官僚組織が何もかもを知 っていて自己防衛のために隠しているのかというと、それも違うと思います。  官僚組織も「原因がハッキリ分かるほどの組織掌握スキルはない」と考え るべきです。また、悪意で隠しているということもなく、基本的に政権も厚 労本省も「できれば何とかしたい」と考えているはずです。ということは、 原因は複合的である可能性が濃厚です。極悪腹黒の官僚が一方的に陰謀をめ ぐらせて検査数を抑制し、その事実を隠蔽し、改善を妨害しているのでは 「ない」、そう考えるべきです。  つまり、どう考えても非合理な対米戦に突入したり、バブル崩壊後(いや その前から)30年かけても経済成長の戦略が発見できないといった、日本 が「ダメ」になる場合のパターンが繰り返されているという可能性です。と りあえず、10の理由を列挙してみることにします。 (1)検査数を拡大すると陽性者が増える、そうなると以前なら無症状でも 入院、現在はホテル療養の地域もあるが、いずれにしてもコストや収容人員 逼迫の問題がある。 (2)イメージの問題。3月までなら2020年夏のオリパラを意識して 「できれば陽性者数を抑制したい」という動機が否定できず。また現在でも 県によっては、イメージ戦略や経済活動再開のために「少ないほうがいい」 という誘導が行われる可能性はある。  とまあ、ここまでは状況的な要因で、やや過去形に属する問題です。そう ではあるのですが、こうした価値観が現在も影を落としている可能性はゼロ ではないかもしれません。 (3)検体採取には危険を伴う。特に「鼻咽頭ぬぐい液」採取のために、鼻 孔用の細い減菌綿棒を挿入すると、患者の「くしゃみ」を誘発して飛沫の高 速・大量飛散を発生させる危険があり、十分な防護を行う必要がある。従っ て、検体採取には専門知識のある人材が、専門のPPE(医療用防護用品) を使用して行う必要があるなど簡単には拡大できない。  こちらも初期時点からよく言われていた説明です。ですが、その後、防護 シールドの普及、ドライブスルー検査、ウォークスルー用ブースなど、色々 な対策が取られるようになっており、件数が伸びないことへの決定的な理由 ではなくなっています。 (4)安易な拡大は疑陽性による隔離キャパの浪費、偽陰性による陽性者へ の誤った「免罪符」発行に繋がる可能性がある。  これは一種の詭弁と言いますか、弁解用のレトリックの範疇だと思います。 偽陽性が医療崩壊に繋がる危険を恐れて検査を抑制する方が、誤差をマネジ メントしながら検査を拡大して隔離政策を徹底するよりも「結果が良好」と いうことは言えません。一方で偽陰性の人が闊歩して感染を拡大するという 可能性も、無自覚な陽性者が闊歩している現実、そして社会隔離政策が曲が りなりにも実施されている中では、あまり意味のない指摘です。 (5)検査のうち、検体採取を増やすのはそれなりに可能だが、採取した検 体を分析する要員には限界がある。  ここが多分本丸なのだと思います。分析作業に必要なのは、まず「臨床検 査技師」という国家資格で、これは多くの場合4年制の大学でその専攻を行 って後、国家試験を受けて取得するものです。更にPCRなど遺伝子検査の 場合は「2年程度の実務経験」があって一人前となります。ですから、非常 に人材として限られているわけです。 (6)臨床検査技師は、代表で参院議員を送り出すなど利害集団を形成して いて、その団体の政治力が検査拡大を妨害している。  これは、少し違うと思います。確かに臨床検査技師集団のボスは、自民党 の参議院議員として1名のポストがあるようです。例えば、伊達忠一前議員 (北海道選出)は2016年から19年まで3年間参院議長を努めています が、その前は、この議員が業界を代表していたようです。  同氏が参院議長になった時点で、新たに宮島喜文議員という新人議員(比 例区)が、その「1名」となったと考えられます。宮島議員の場合は「日本 臨床衛生検査技師会、日本衛生検査所協会、日本臨床検査薬協会、日本臨床 検査薬卸連合会」が支持団体としてあるようで、「臨床検査」という業界を 代表しているのは間違いないと思われます。  仮にそうだとして、既得権益を守るために活動しているとか、実は権益の 甘い汁があるというのは、ちょっと違うのではないかと思います。 (7)臨床検査というビジネスは、最前線でも薄利、現場は微妙な均衡の中 にあって負荷がかけられない構造。  たぶん、そうした形容が実態に近いのではないでしょうか。まず臨床検査 というビジネスそのものは、拡大傾向にあり大きな産業になっています。で すが、その単価は抑制されていますし、医療費抑制、健保体制維持のために は大幅な拡大は望めません。むしろ、保健所の予算などは切り詰められてい るのが現状です。(以下略)

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  • アメリカ北東部のプリンストンからの「定点観測」です。テーマは2つ、 「アメリカでの文脈」をお伝えする。 「日本を少し離れて」見つめる。 この2つを内に秘めながら、政治経済からエンタメ、スポーツ、コミュニケーション論まで多角的な情報をお届けします。 定点観測を名乗る以上、できるだけブレのないディスカッションを続けていきたいと考えます。そのためにも、私に質問のある方はメルマガに記載のアドレスにご返信ください。メルマガ内公開でお答えしてゆきます。但し、必ずしも全ての質問に答えられるわけではありませんのでご了承ください。
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