1. コラム「タカオカ的ナウい日常」
今回はコラムに替えて読者の方からの熱い質問から!
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高岳さんに質問があります。当時P&Gに勤められていた時、マーケティングの学習という観点で、仕事以外で何かされていたことはありますか?こういうこと意識して仕事していたなどでもあればお聞きしたいです。
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素敵な質問をありがとうございます!
なんで素敵かというと、お答えすることがあるから笑
「マーケ学習の観点で仕事以外でしていたこと」
「仕事をしている時に意識していたこと」
共にあります!
<続きは本文で!>
2. メイン「銀行とP&Gとライブドアとラムチョップ」
─ 日本で唯一の数奇なキャリアを歩んできた筆者が、実際に見て、聞いて、体験した「ここだけ」の話の数々。単なるゴシップに終ることなく、それぞれの会社への愛情を込めて、皆さんのお役に立てるお話を綴れればと。
『30歳と40歳と50歳でやっていたこと考えていたこと』
さて、今回は前回に続いて40歳編です。(僕は1968年生まれの現在52歳です)
40歳 ー 「四十にして惑わず」なんてことわざがありますが、実際はこの年代が一番いろんなことに迷うんじゃないかと。もちろん僕もご多分にもれずでありました。ただ、かなーり過激な日々を過ごしていましたが…笑
2008年、40歳の頃。
僕はアリックスパートナーズという事業再生コンサル会社から派遣されていたライブドア社の再建にあたるうちに、ライブドアとそこで働く人たちにすっかり魅了され完全に転籍をすることにしました。
コンサルから再生中の会社への転籍ということで、想像がつく通り報酬は下がり、また当時で言えば社会的なステータスっぽいものも無くなったも同然となりました。
40歳になっても子供は子供として親は心配しており、それゆえ転籍の話はしませんでした。
一般的にみれば、あるいは自分で振り返ってみてもかなりリスキーなこの転籍。
でも、頼まれたからとか情にほだされたらからとかではありません。
魅了され、行きたくて行きたくて、入れてもらったんです。
40歳の僕を、そこまで衝き動かしたものはなんだったのか?
これはおそらく初めて告白するし、このメルマガを読んでくれている当時のライブドア関係者は驚くかもしれませんが、
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