週刊 Life is Beautiful ２０２０年９月２９日号

今週のざっくばらん Apple の自動運転技術 先週、Apple の iPad Air について、 ちなみに、このイベントと同時に、iPhone向けの iOS14 がリリースされたので、早速、指の動きを認識するAPIなどを試しています。Apple が機械学習に力を入れ始めたのは、わずか数年前ですが、そこからの進歩には本当に驚かされます。 巷では、エッジ・コンピューティング（サーバーではなく、端末側で画像認識・動画処理などの重い処理を行ってしまうこと）が話題ですが、iPhone/iPad が私たちの身の回りにあるもっとも強力なエッジ・コンピューティング・デバイスであることは明らかです。 と書きましたが、その後も色々と考えた結果、とても重要な事実を認識するに至りました。それは、Apple がここ数年の間に iPhone/iPad に導入した技術ほど、自動運転車を作るのに最適なものはない、という事実です。 これまで、車載機向けのソフトウェアの世界は、いわゆる「組み込みソフト」の世界でした。プロセッサは貧弱で、OSもかろうじて Linux は乗っているものの Graphics API は存在しなかったり（その場合、アプリケーションからVRAMに直接書き込む必要があります）、乗っていても貧弱なものでした。開発環境も悲惨で、パソコン上で動くエミュレータがないため、実機と同じハードウェアを一人一台机の上に置いて開発するのが普通です。 私が作った UIEvolution（後に Xevo と改名）は、この「組み込みソフト」業界の真っ只中でビジネスをしていた会社です。２０００年に起業した時には新参ものでしたが、UIEngineというGUI（グラフィック・ユーザー・インターフェイス）のプラットフォームを持っていたため、実機なしでユーザーインターフェイス部分の開発を、エミュレータ上で行える点が競争優位性として大きく貢献しました。 私自身、２００４年にセットトップボックス向けのサービスUIを開発する仕事をしましたが、その時には実際のハードウェアが来る前に大半のソフトウェアの開発をエミュレータ上で進める事が出来たので、実機を受け取ってから３日ぐらいでアプリが動いてしまい、（通常の組み込みの開発ペースに慣れている人たちに）驚きの目で見られてしまいました。 そんな事例もあり、最終的には UIEngine がトヨタ自動車に採用され、数千万台の自動車の車載機で私たちが作ったソフトウェアが搭載されることとなりました。それぐらい、ソフトウェアの開発効率は、ものすごく重要なのです。 とは言え、UIEngine は組み込み業界では特異な存在です。「ソフトウェアの開発効率」という点から見た場合、組み込み業界は、最新のスマホやタブレットの開発環境と比べて、ものすごく遅れています。いまだに、パソコン上で動くエミュレータが存在しない（つまり、実機なしでは開発できない）GUIのレイヤーが貧弱（ユーザー・インターフェイスの構築が大変）動画処理や機械学習向けのAPIは存在しない（自分でライブラリを構築しなければならない）カメラやLIDARなどのハードウェアが仮想化されていない（ハード依存のコードを書かなければならない） などの問題を抱えており、開発環境だけで言えば１０年以上遅れていると言って良いと思います。はっきり言って、初代 iPhone 向けに Apple が提供した開発環境に負けています。 そんな状況なので、機械学習や動画処理などの難しいことをしない、ごく簡単なアプリを作る場合でも、組み込み環境だと、iPhoneアプリの開発と比べて１０倍以上の手間がかかるのが現状です。こんな劣悪な開発環境で、（より複雑なことをする必要がある）自動運転ソフトを開発するとなったら、その複雑さ故に大量のエンジニアを投入することになり、デスマーチ（開発が思うように進まず、エンジニアたちが過酷な労働を長期間強いられること）は避けられません。 この組み込み業界の開発環境の悪さを知った上で、Apple の最新の API を見ると、その差は開く一方な事が良く分かります。