メルマガ読むならアプリが便利
アプリで開く

第110号(2020年12月14日) カラバフ紛争でロシアが「非核エスカレーション抑止」を実行?

小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略
存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。 【目次】 ●インサイト カラバフ紛争停戦の裏側 プーチンの脅しと「非核エスカレーション抑止」? ●今週のニュース ロシア軍の大規模核戦争演習とオホーツク海からの潜水艦発射弾道ミサイル4連射 ●NEW BOOKS 西田充『核の透明性―米ソ・米露及びNPTと中国への適用可能性』ほか ●NEW CLIPS アゼルバイジャン軍が戦勝記念軍事パレードを実施 ほか ●編集後記 東京ディストピアランド(TDL) =============================================== 【インサイト】カラバフ紛争停戦の裏側 プーチンの脅しと「非核エスカレーション抑止」?  今年の旧ソ連圏10大ニュースには間違いなくベラルーシでの抗議運動とナゴルノ・カラバフでの紛争再燃が入るでしょう。後者については本メルマガの第101号(https://note.com/cccp1917/n/n75305e1dc0ce?magazine_key=m59addce99619)と第107号(https://note.com/cccp1917/n/n361f30d1ec5e?magazine_key=m59addce99619)で大体の論点は触れたかな、と思っていたのですが、新しい情報が出てきました。 『ニューヨーク・タイムズ』紙が12月1日に報じたところによると、ロシアはアゼルバイジャンに対し、「停戦を飲まなければロシア軍が介入する」という脅しをかけていたということです。 Anton Troianovski and Carlotta Gall, “In Nagorno-Karabakh Peace Deal, Putin Applied a Deft New Touch,” The New York Times, 2020.12.1. <https://www.nytimes.com/2020/12/01/world/europe/nagorno-karabakh-putin-armenia-azerbaijan.html>  これはロシアのプーチン大統領からアゼルバイジャンのアリエフ大統領に対して直接伝えられたものであり、時期としては11月9日とされています。つまり、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフの要衝シュシャを陥落させた日です。  シュシャはナゴルノ・カラバフとアルメニア本土を繋ぐラチン回廊上に位置しており、ここが落ちればもうナゴルノ・カラバフは存続できなくなるわけですから、アゼルバイジャンとしてはもう一押しで憎き「ナゴルノ・カラバフ共和国」をその存在ごと抹殺できるという局面です。  他方、第101号と第107号で述べたように、南カフカス全体をロシアの勢力圏下に置くというロシアの戦略からすると、アゼルバイジャンが完全勝利を収めてパワーバランスが極端に変わるのも困るでしょうし、特にカラバフをそっくり奪われたアルメニアが「じゃあもうロシアに頼ることねえや」などと言いだすとさらに困るでしょう。  というわけでロシアとしては、アゼルバイジャンの勝利気分を害することもなく、尚且つナゴルノ・カラバフ共和国が消滅もしない、というギリギリの落とし所を見出す必要があったのだと思われます。それが「シュシャが落ちてナゴルノ・カラバフの生命線をアゼルバイジャンが握ったが、首都ステパナケルトはまだ落ちていない」という11月9日時点での情勢だったのでしょう。  もちろん、前述のようにアゼルバイジャンとしてはロシアの停戦案を飲む積極的なメリットはないわけですし、それ以前にもロシアが仲介した停戦は2回とも即時に破られていました。これは旧ソ連圏におけるロシアのメンツを潰すもでもある、ということで持ち出されてきたのが「この辺でやめないとロシア軍が来るよ」というプーチンのメッセージであったと思われます。  結局、アルメニアとアゼルバイジャンはロシアの停戦案を受け入れ、モスクワ時間11月10日午前0時を以て停戦が発効したわけですが、この前後には興味深い出来事が2つ起きています。  その第一は、ロシア軍のMi-24 ヘリコプターがアゼルバイジャン軍の地対空ミサイルによって撃墜され、ロシア軍人2人が死亡、1人が負傷した件(11月9日18時39分頃)です。以下のテレグラムチャンネルにはその当時の模様を写したビデオが投稿されています。現場はアルメニア西部のイェラスフ(https://en.wikipedia.org/wiki/Yeraskh)という場所ですが、地図を見ると分かる通り、カラバフの戦場からは遠く離れており、アゼルバイジャンの飛地であるナヒチェバンに接しています。  問題のMi-24は、地上を移動するアルメニア駐留ロシア軍部隊を護衛するために上空警戒に当たっていたということですが(これ自体はロシア軍の標準的な運用法であっておかしいことはない)、アゼルバイジャン側はこの地域でロシア軍のヘリコプターに遭遇したのは初めてである上、暗闇の中を低空で飛んでいたので識別がつかなかったのだとしています。  いずれにしても、ちょうどロシアから停戦案を突きつけられて「飲まないとロシア軍の介入だよ」と言われている最中にロシア軍人を3人も死傷させてしまったわけですから、アゼルバイジャン側としては真っ青になったでしょう。それだけにアリエフ大統領は、即座に撃墜が自国の責任であると認めて謝罪しています。  問題は、これが果たして本当に偶発的な事故であったのかどうかです。  以下のテレグラムチャンネルにはMi-24撃墜の瞬間とされる映像が映っているのですが、これを見ると撃墜の前に地対空ミサイルが発射されるところから始まっています。 <https://t.me/grey_zone/5821>

この続きを見るには

この記事は約 NaN 分で読めます( NaN 文字 / 画像 NaN 枚)
これはバックナンバーです
  • シェアする
まぐまぐリーダーアプリ ダウンロードはこちら
  • 小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略
  • ロシアは今、世界情勢の中で台風の目になりつつあります。 ウクライナやシリアへの軍事介入、米国大統領選への干渉、英国での化学兵器攻撃など、ロシアのことをニュースで目にしない日はないと言ってもよくなりました。 そのロシアが何を考えているのか、世界をどうしようとしているのかについて、軍事と安全保障を切り口に考えていくメルマガです。 読者からの質問コーナーに加えて毎週のロシア軍事情勢ニュースも配信します。
  • 1,100円 / 月(税込)
  • 毎週 月曜日(祝祭日・年末年始を除く)