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第117号(2021年2月15日)北方領土駐留ロシア軍の横顔 ほか

小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略
存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。 【目次】 ●インサイト 北方領土駐留ロシア軍に関する最近のトピック ●今週のニュース 自律地上戦闘システム「ウダール」を公表 ほか ●NEW CLIPS ロシアの弾道ミサイル警戒システム ●NEW BOOKS 山本健『ヨーロッパ冷戦史』 ●編集後記 北方領土と小文字の安全保障 =============================================== 【インサイト】北方領土駐留ロシア軍に関する最近のトピック ●An-12輸送機がハードランディング  2月9日、北方領土の択捉島でロシア航空宇宙軍(VKS)のAn-12中型輸送機が着陸事故を起こしました。報道によると、予定された飛行の最終段階で同島中部のブレヴェストニク軍用飛行場に着陸を試みたところ、ハードランディングとなってしまい、前脚と左主脚を破損してしたとのこと(https://ria.ru/20210209/an-12-1596668487.html)。  ロシア軍東部軍管区によると、乗員・乗客(とは言わないのでしょうが、とにかく乗っていた人たち)からは幸い死傷者は出なかったとされているので、おそらくは現地駐留部隊の人員交代のために飛んできたのだと思われます。  後の報道によると、事故の原因は悪天候であったようです(https://www.rbc.ru/rbcfreenews/602263f99a79476693607018)。問題のAn-12はハバロフスクから飛来したものであり、盛り土に引っかかってハードランディングになったということですから、おそらく視界がかなり悪かったのでしょう。当時、択捉島の天候は雪で、風速は時速8kmの西風(突発的に時速16km)、視程は4000mあったとされていますが、同島は天候が急変することで知られています。  実際、私自身も2018年に択捉島を訪れた際、オホーツク海側の紗那(ロシア名:クリリスク)から同じくオホーツク海側の別飛(レイドヴォ)へほんの10kmほど移動しただけで天候が全く変わったり、急に濃霧が出る現象に驚かされました。現地の住民によると択捉島ではこれはよくあることなのだそうです。  特にオホーツク海側と太平洋側では天候が全く違う上に変化も急なので、An-12がこうした気象に巻き込まれた可能性は十分にあると思います。  しかも、衛星画像で見る限り、事故が起きたブレヴェストニク飛行場には計器着陸装置(ILS)がありません。2014年にオープンしたヤースヌィ空港には2018年にロシア製のDME/NL2700電波ビーコンを備えたILS2700(https://ils2700.ru/znakomstvo-s-ils-2700.html)が設置されており、ある程度の悪天候下でも航空機の離着陸が可能なのですが、ソ連時代に建設されたブレヴェストニクにはこのような能力は備わっていないと考えられます。  2018年に択捉島に配備されたSu-35S戦闘機がヤースヌィの駐機場に間借りしているのはこのためでしょう。 ●ブレヴェストニク飛行場の近代化が持つ意味  ただ、本メルマガ第91号(2020年7月13日。https://note.com/cccp1917/n/n8a69d697b551?magazine_key=m59addce99619)でも紹介したとおり、VKSのスロヴィキン総司令官は、ブレヴェストニクを含む5ヶ所の飛行場を2020年までに近代化するとしています。  昨年12月にブレヴェストニクの隣にS-300V4が配備されたこと(https://note.com/cccp1917/n/n2c20d80f765c?magazine_key=m59addce99619)や後述するインフラ建設を考えても、ロシア軍が同飛行場の能力強化を図ろうとしているのは明らかであると思われます。  これまで頼りにしてきた衛星画像サービスTerraServerが去年の春にサービスを停止してしまったために直近での状況はわからないのですが、同飛行場には全長2400mの滑走路を備えており、かつてはMiG-23戦闘機が展開していたので、ある程度の改修を加えればそれなりに大規模な戦闘機部隊を配備することができそうです。  2018年にヤースヌィに展開したSu-35Sは3機に過ぎず(2018年に国後島上空に防空識別圏が設定されたことに対応したものと見られます)、弾薬庫やアーミングエリアも見られないので、現状では機体に吊るしてあるミサイルだけを武装として対領空侵犯措置(いわゆるスクランブル)を行うのが精一杯でしょうが、ブレヴェストニクが本格的な全天候運用能力を備え、戦闘機の受け入れ体制が再建されれば話が違ってきます。  同飛行場の規模を考えれば1個飛行隊〜1個戦闘機連隊程度は展開させることが可能でしょうから、これまでに配備されたS-300V4やブーク、トール等の防空システムと合わせて、有事における航空優勢の獲得はかなり面倒なことになるはずです。  また、2018年には東部軍管区大演習「ヴォストーク2018」に合わせてブレヴェストニクにSu-25攻撃機2機が展開してきましたが、この種の直協機の配備が常態化すれば、北方領土の地上戦力には常に航空支援がついていると覚悟せねばなりません。  現在のところ、ブレヴェストニク飛行場の改修に関する具体的な情報は伝わってきていませんが、今後とも注視していきたいと思います。 ●択捉島でのインフラ建設状況  せっかくなので北方領土駐留ロシア軍に関するニュースをもう少し紹介していきましょう。ロシア側は北方領土がサハリン州に含まれるとしているので、同地の地元メディア『サハリン・インフォ』を丹念に見ていくと結構いろんなニュースが出てきます。  例えば2月11日には、沙那のロコトフ市長と瀬石温泉(ロシア名:ガリャーチエ:クリュチー)に駐屯する05812軍事部隊(第18機関銃・砲兵師団)の政治担当副司令官であるドミトリー・チェルネンコ大佐の間で瀬石温泉地域の発展に関する会合が持たれたと報じられています(https://sakhalin.info/kuriles.ru/202403)。これによると、同地のインフラ建設の状況は以下の通りとされています。

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  • ロシアは今、世界情勢の中で台風の目になりつつあります。 ウクライナやシリアへの軍事介入、米国大統領選への干渉、英国での化学兵器攻撃など、ロシアのことをニュースで目にしない日はないと言ってもよくなりました。 そのロシアが何を考えているのか、世界をどうしようとしているのかについて、軍事と安全保障を切り口に考えていくメルマガです。 読者からの質問コーナーに加えて毎週のロシア軍事情勢ニュースも配信します。
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