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【Vol.368】冷泉彰彦のプリンストン通信

冷泉彰彦のプリンストン通信
「311から10周年、被災地だけでない傷の深さ」 (前略) どうして政府は、恐らくはムダになるかもしれない工事を延々と続 けるのでしょうか? 施行業者を潤してGDPを下支えするという目的はあ るでしょう。ですが、多くの復興事業は投資としてリターンは期待できない、 そんなことは分かっているはずです。にもかかわらず工事を継続する、それ は、単に利益誘導ということではないと思います。  巨大な防潮堤、多くの場合はムダに終わりそうなかさ上げ工事、そして巨 費を投じた高台の造成地、こうした建造物は、どうして造られたのでしょう か?  それは災害の恐怖と、再発への不安の反映だと思います。防潮堤ができれ ば、安心してその内側で暮らせるわけではありません。そもそも視界を大き く遮る防潮堤の近くでは落ち着いた生活は無理でしょう。前提として、たと え巨大防潮堤が完成していたとしても、その近辺は津波危険地区として、た ぶん居住は認められないのだと思います。  勿論、これは矛盾です。居住を認めないのであれば、巨大な防潮堤は不要 なはずです。津波は、警報直後に来るような、つまり震源が近い場合には巨 大なものとはなりません。巨大津波の場合は、事前に警報による避難は可能 な条件で発生します。そのことは、今回の被災でも経験的に分かっているわ けです。ですから、居住を禁止して、警報システムを完備すれば巨大防潮堤 は不要です。高台移転をするのであれば、尚のことです。  ですが、民主党政権は巨大防潮堤に走ったのでした。地元にイエスかノー かを迫って、イエスという答えが得られた、そして建設業者に雇用を回した い、それは分かります。ですが、眺望を奪い、未来永劫観光資産の価値をゼ ロ化する巨大防潮堤をどうして造ったのか、それは、余りにも巨大な被害の 反映として残った、巨大な不安感情の反映だと思います。  何とも皮肉な話ですが、10年を経て、その防潮堤が守るべき人口は消え てしまいました。ですが、当時の人々の被害の記憶という心の傷と、再発へ の不安感の反映として、その巨大な負の感情がフリーズ(凍結)した「モ ノ」として、大規模な復興事業のハコモノは作られ、残されたのです。  しかしながら、ここまでの流れを私は簡単には批判できません。そのぐら いに、被災の痛みは巨大であり、再発への不安は大きかったのです。有権者 の感情論を政治的な資産にしようとして、下手くそながらも必死になった民 主党が問題を大きくしたわけですが、さりとて巨大防潮堤も、かさ上げ事業 も、高台の造成も、簡単には笑ったり、批判したりはできません。  何故なら、被災の痛み、そして将来への不安というのは、それだけ巨大で あったからです。  問題は、そのような負の感情が連鎖を生んだことでした。  これは具体的な復興の失敗を超えた話です。震災は日本という国の「国の かたち」そのものに深い傷を残したのでした。被災地だけでなく、国の根幹 の部分を傷つけ、その傷は今でも国を揺さぶり続けているのです。それは感 情論への歯止めが外れたという問題です。(以下略)

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  • アメリカ北東部のプリンストンからの「定点観測」です。テーマは2つ、 「アメリカでの文脈」をお伝えする。 「日本を少し離れて」見つめる。 この2つを内に秘めながら、政治経済からエンタメ、スポーツ、コミュニケーション論まで多角的な情報をお届けします。 定点観測を名乗る以上、できるだけブレのないディスカッションを続けていきたいと考えます。そのためにも、私に質問のある方はメルマガに記載のアドレスにご返信ください。メルマガ内公開でお答えしてゆきます。但し、必ずしも全ての質問に答えられるわけではありませんのでご了承ください。
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