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第129号(2021年5月17日) 少子化に直面するロシア軍 さよならマキエンコ

小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略
存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。 【目次】 ●質問箱 少子化がロシアの軍事力に及ぼす影響は? ●今週のニュース ロシア軍の無人化に関する動き ほか ●NEW CLIPS 山岳地での榴弾砲射撃訓練 ほか ●NEW BOOKS 戦車と権威主義(こうして並べてみると妙に相性が良さそうに見える) ●編集後記 追悼コンスタンティン・マキエンコ =============================================== 【質問箱】少子化がロシアの軍事力に及ぼす影響は?  久しぶりに質問を頂いたので質問箱のコーナーをやってみたいと思います。頂いた質問はこちら。 Q. ロシアの少子化は、ロシア軍にどれくらい影響を及ぼしているのでしょうか。日本でも、人口減少が自衛官の確保を難しくするとか言われてますが。 ●ソ連・ロシアにおける人口動態  お答えの前提として、まずはソ連・ロシアにおける人口動態についてごく簡単に確認しておきましょう。  ソ連の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子供の数の平均)は1970年代まで2を超えていました。2人の人間(夫婦)から2人以上の人間が生まれてくるわけですから、つまり人口は増加傾向にあったということです。 しかし、1980年代には、これが2を割り込みます。特に顕著なのは都市部での落ち込みであり、農村部では1990年まで2.5以上の高率が維持されていましたから、近代的な都市生活を送る中産階級があまり子供を産まない---というお馴染みの問題がソ連でも起きていたことが分かります。 日本の論壇で「知の巨人」枠に入っているエマニュエル・トッドがソ連の崩壊を予測するに際し、根拠としたのもこうした人口動態でした。 ソ連が崩壊すると、状況はさらに悪化します。 都市部だけでなく、これまで人口維持を担ってきた農村部でも合計特殊出生率が激減し、2000年代初頭には全国平均で1.2を切るまでになりました。日本の合計特殊出生率はこの20年くらい、1.25から1.45くらいの間を上下していますが、ロシアの場合はさらにヤバいところまで行っていたわけですね。 ソ連崩壊後の混乱が落ち着いた2010年代に入ると、農村部の合計特殊出生率は再び2を超えます。都市部でも1.5前後くらいまで持ち直し、2015年には全国平均が1.777とソ連崩壊後で最高水準に達しました。人口減を覆すまでではないにしても、そのペースはかなり遅くなったということです。 しかし、ロシア経済の停滞が長引くにつれて合計特出生率は再び減少に転じ、近年では1.5前後で推移しています。  以上で見た出生数から毎年の死亡数と国外への移出数を引き、逆にロシアに移入してくる人口を足すと、1990年代後半から2000年代一杯のロシアは人口減続きでした。ソ連崩壊後には1億4800万人強であった人口は2000年代末には1億4200万人を切り、600万人も減ったことになります。  2010年代に入ると、前述した合計特出生率の改善、医療環境の再建による乳幼児死亡率や平均寿命の延伸により、人口は増加へと転じます。合計特出生率は相変わらず2以下であるものの、ソ連崩壊後の平均寿命が短すぎたので、多少医療がまともになるだけで劇的な効果があったのでしょう。  これで1億4300万人代まで盛り返したロシアの人口は、2014年になってさらに「増加」します。ウクライナ領クリミア半島を強制的に占拠し、これを「併合した」と主張したためです。従ってロシアの統計ではこの年に人口がいきなり250万人くらい増えているわけですが、国際的にはそもそもクリミア「併合」が認められていないわけですから、この分は「占領下のウクライナ国民」としてカウントされるべきでしょう。  他方、ロシアの軍事力を支える人的リソースとして見ると、彼らは否応なくここに含まれているのが現実でもあるので、以降の本稿ではクリミア分も含めて「ロシアの人口」として扱っていることをご理解ください。  ともあれ、クリミア効果もあってロシアの人口は2018年に1億4688万人まで回復し、2000年代以降の人口減少を概ねカバーするに至りました。その後は合計特殊出生率の落ち込みもあってロシアの人口はまた減少傾向にあり、2021年初頭時点では1億4617万人となっています。 ●人口から見たロシア軍の限界  合計特殊出生率が2を割り込んでいる以上、ロシアの人口が中長期的には減少へ向かっていくのは避けられないでしょう。では、こうした状況でロシア軍は兵力を維持できるのでしょうか。  2021年現在、ロシア軍の定数を規定しているのは、2017年11月17日の大統領令第555号「ロシア連邦軍の定員数の決定について」です。これによると、ロシア連邦軍を構成する総人員は最大190万2758人まで、このうち軍人は101万3628人まで、とされています(差分の約90万人は文民職員)。  まぁどこの国の役所も定員一杯に人員を充足してもらえるということはなく、ロシア軍の場合は、実勢にして軍人80-90万人というところ(https://note.com/cccp1917/n/n56a4d881dd9c?magazine_key=m59addce99619)でしょう(後述する理由により、とりあえずここでは文民は抜きにして考えます)。  さらにロシアには『国防法』が定める軍事組織がいくつかあります。  最も大規模なのはかつての内務省国内軍や警察治安部隊等を統合した国家親衛軍(34万人)ですが、このほかに連邦保安庁(FSB)の国境警備隊(16万人)、要人や重要施設の警護等を担当する連邦警護庁(FSO 4-5万人)などがあり、合計で55万人程度と見積もられています。  要はロシアが現在の規模の軍事力を維持しようとするならば、軍人だけで135-145万人程度が必要だということです。しかも軍人である以上はある程度若くて健康でないといけないですし、ロシア軍では女性軍人の職種に制限が多いので(かつてに比べると相当緩和されたとはいえ)、基本的に男性でなければなりません。  ロシアの『軍事義務法』によると、ロシアの男子国民は18-27歳の間に12ヶ月間、徴兵として勤務する義務を負うとされています。兵卒または下士官として勤務する志願制の契約軍人(勤務期間は1期24ヶ月)だと18歳以上40歳未満。将校は中佐までが50歳定年で、これより上になると大佐55歳、少将〜中将60歳、大将〜上級大将65歳となっています。  数の上で見れば、中核を成すのは兵士と下士官であり、中堅将校がこれに続くはずですから、概ね18-55歳までの男性人口を見ておけば、ロシア軍が利用可能な人的資源の規模が概ね推定できるはずです。そこで連邦統計庁の人口データ(https://rosstat.gov.ru/folder/12781)を参照してみると、年齢別に見たロシアの人口(男女合計)は以下の通りとされています。 ・20-24歳:688万9000人 ・25-29歳:942万7000人 ・30-34歳:1263万3000人 ・35-39歳:1200万3000人 ・40-44歳:1070万8000人 ・45-49歳:989万6000人 ・50-54歳:884万6000人  以上を合計すると5969万4000人であり、このうち大体半分弱(ロシアも御多分に洩れず女性の方が多い)が男性だとすると2800-2900万人くらいということになるでしょうか。当然、その大部分は通常の産業に従事しているはずですし、障害のある人もいるとしても、135-145万人の軍人を捻出することは十分に可能なように見えます。  ただ、ここから容易に見て取れるように、ロシアの人口は年齢が下がるほどに減少しており、20代前半人口は689万人万人弱しかいません。このうち男性人口をざっくり半分弱とすると、300万人台前半と見積もられますから、5年後とか10年後には軍の中核をなす下士官や中堅将校の確保は厳しくなっていきそうです。  一方、今後の軍人のなり手である10代の人口は、15-19歳で716万1000人、10-14歳で804万9000人であり、5-9歳となると930万9000人がいます。2000年代以降の出生数の回復が効いている形であり、今後20年くらいは現在の兵力を維持することは不可能ではないでしょう。  問題は、2010年代後半にまた出生数が落ち込み始めて以降の子供達が大人になってからだと思われます。過去10年で最大の出生数を記録したのは2014年で、男女合計で194万2683人が生を受けましたが、2019年にはこれが148万1074人と46万人も減少しました。仮にこの傾向が今後も継続するならば、近い将来には中堅将校だけでなく兵士も足りなくなってくる可能性があります。

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  • ロシアは今、世界情勢の中で台風の目になりつつあります。 ウクライナやシリアへの軍事介入、米国大統領選への干渉、英国での化学兵器攻撃など、ロシアのことをニュースで目にしない日はないと言ってもよくなりました。 そのロシアが何を考えているのか、世界をどうしようとしているのかについて、軍事と安全保障を切り口に考えていくメルマガです。 読者からの質問コーナーに加えて毎週のロシア軍事情勢ニュースも配信します。
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