存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。
【目次】
●インサイト モスクワ国際安全保障会議に見る米露核軍備管理の今後
●今週のニュース 北方領土で周辺で1万人規模の大演習を実施、Su-25も飛来
●NEW CLIPS 東地中海と黒海でのロシア軍の動き
●NEW BOOKS ショーン・マクフェイト『戦争の新しい10のルール』
●編集後記 大国との張り合い方
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【インサイト】モスクワ国際安全保障会議に見る米露核軍備管理の今後
●モスクワ国際安全保障会議(MCIS)が今年も開幕
ロシア国防省主催のモスクワ国際安全保障会議(MCIS)が今年も開幕しました。
2012年にスタートしてから毎年実施されている催しであり(2020年はコロナ危機で中止)、今年は6月22-24日にかけて開催されました。
プーチン大統領、ショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長といった錚々たる面々がロシアの置かれた軍事的・戦略的環境について存分に語る機会ですから、何が語られたのか、筆者なりの見どころを紹介していきましょう。
ここの発言を検討していく前に全体的な傾向として気づいたのは次の点です。
・2014年以降のMCISで中心的なテーマであった「ロシアやその同盟・友好国を米国が転覆させようとしている」という議論は、今回も引き続き濃厚に見られた。
・ただし、核軍縮を中心とする軍備管理やミサイル防衛(MD)、サイバー安全保障に関する比重が増加している。
・地域別で見ると、従来の重要議題であった欧州や中東の安全保障に加えて、今年はアジア太平洋、アフリカ、南米に関するセッションが設けられた。
・他方、友好国からの参加が多いのは以前と同様であり、旧ソ連諸国、中国、インド、パキスタン、モンゴル等の上海協力機構加盟諸国からの代表者に加え、イラン、アフガニスタン、ミャンマー、ヴェトナム、ヴェネズエラ等が主な参加者となった。
・ドイツからは極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」からクルパラ共同議長が参加した。
●ウラジーミル・プーチン大統領によるビデオ挨拶
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https://mil.ru/mcis/news/more.htm?id=12368270@egNews>
・地政学的プロセスの混乱増大と国際法の侵食が続いている。他人の安全を犠牲にして自分の安全を強化するために、力を使って自分の利益を押し進める試みも止まらない。
・地域の武力紛争、大量破壊兵器の拡散のリスク、国境を越えた犯罪グループの活動、麻薬密売、サイバー犯罪者が深刻な懸念事項。国際テロも引き続き脅威。
・以上に対処するためには世界のすべての国の努力を糾合したグローバルな協力が必要であり、その中心は国連であるべき。
・軍備管理については誰かに対して優位に立とうとは思わないが、他国が優位になるのも見過ごせない。軍備管理には戦略的安定性に影響を与えるすべての要因を考慮に入れるべきである。
●セルゲイ・ショイグ国防相のスピーチ
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https://mil.ru/mcis/news/more.htm?id=12368274@egNews>
・MCISの議題は国家間関係の変化に応じて移り変わっている。最近の焦点は多極世界におけるテロとの戦いであり、グローバルな連合の形成と、世界が「我々」と「敵」に分割される傾向が生じている。
・主権国家の役割は高まっている。コロナのパンデミックはこのことを実証した。
・主権国家に政策を変更させる手段として、経済制裁や金融制裁が強制的手段とともに用いられるという傾向が強まっている。これが軍事的な事態や国民の認識を操作する作戦として行われているのであって、東南アジアでは特に深刻である。
・ヨーロッパだけでなくアジア太平洋でもNATOの軍事活動が活発化している。アジアにはヨーロッパのような危機解決メカニズムが存在せず、こうしたシステムを開発せねばならない。
・ヨーロッパと同様にMDが大規模に展開され、攻撃的兵器と結びついた結果、不安定性を高めている。これはロシアと中国の封じ込めを狙ったものである。
・しかも、中距離核戦力(INF)条約が失効したことで、アジアにも中距離ミサイルが配備できるようになった。これは世界の軍事バランスを変え得るものであり、ロシア東部に脅威をもたらす。
・ロシアは中国および東南アジア諸国との協力を強化している。
・西側はアフガニスタンの安定化に失敗した。NATO撤退後、同国では内戦が再開する可能性が高く、国民生活の悪化、難民流出、過激主義の拡散が懸念される。
・アフガニスタンの安定化のためにはパキスタンやイランの協力が不可欠であり、上海協力機構はそのプラットフォームになりうる。
・アフリカと中東は外部勢力(西側)が引き起こすカラー革命の脅威に晒されている。外国に民主化を押しつけ、新たな植民地主義を復活させ、天然資源を獲得するためにテロ組織を活用する国々があるがこれは危険なゲームである。
・ロシアはソ連時代からアフリカ諸国の反植民地闘争を支援し、この伝統は現在も続いている。ロシアは西側のように、協力の見返りとして政治・経済モデルを押し付けることはしない。
・同じことは南米にも言える。南米ではテロの脅威と麻薬流通が続いており、欧米はカラー革命を企んでいる。
・キューバ、ニカラグア、ヴェネズエラは軍事力行使の脅しを含む様々な圧力を(西側から)受けており、ロシアはこれに抵抗する国々を支援している。
・欧州では軍事的対立が激化しており、NATOによる軍事力増強と有事に米国から増援を送り込むための体制整備が行われている。
・NATOは地域同盟からグローバル同盟になろうとしており、ロシアと中国の封じ込めを図っている。ブリュッセルでのNATO首脳会議で決定された軍事費の増加と核抑止の強化は今後数年、ヨーロッパの軍事的対立を加速することになろう。
・ウクライナの行動(ドンバス周辺の軍の増強)は危機をエスカレートさせるために仕組まれたものである。
・エスカレーション緩和のために、ロシアは兵力の引き離し、ヨーロッパにおける中距離配備の凍結、信頼情勢措置を提案している。カリーニングラードの9M729中距離ミサイルと欧州に配備されたイージス・アショアを相互検証するというプーチン大統領の提案に沿って行動を起こす準備がある。
・航空機や船舶の異常接近を防止するための法的枠組を改善する必要がある。
・軍事演習の事前通告について定めたウィーン文書は、信頼性が回復しなければ改定できない。
・ヨーロッパの状況を改善するためのボールは米国側にある。
・今後は極超音速兵器、デジタル化、ロボット化が中心的な流れとなる。宇宙空間とサイバー空間も軍事的対立に関係するようになっている。
・かつてロストロポヴィチが「最前線にオーケストラを置いて戦争を止める」と語ったように、共通の課題のために専門家が団結することが必要である。
●ヴァレリー・ゲラシモフ参謀総長
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https://mil.ru/mcis/news/more.htm?id=12368282@egNews>
・冷戦後の西側は米国を中心とする一極世界を作り出し、軍事的優位を達成し、自らの国益を増進するためにユーゴスラヴィア、イラク、アフガニスタン、リビア、シリアで軍事力を行使してきた。
・また米国は冷戦期に作り上げられた軍備管理条約を次々と反故にしてきた。
・唯一残ったのは新START(新戦略兵器削減条約)だけだが、これが5年間延長されたことで状況は概ね安定した。予測可能性を保証することは米露共通の関心事項であり、新START延長によって将来の核軍備管理に関する対話を継続する条件が作り出された。
・今後の戦略的安定性に関連するのは、精密誘導兵器、極超音速兵器、運動エネルギー兵器、無人兵器の開発であり、これらは核兵器と非核兵器の境界線を曖昧化する。
・米国の2018年核態勢見直し(NPR)は通常戦争における核兵器の役割を増大させようとしているが、ロシアが2020年に公表した核抑止分野における国家政策の基礎(
https://note.com/cccp1917/n/nb36be7cf1efa?magazine_key=m6e2f7e7c705f)では核兵器が使用されるのは国家の存立が脅かされた時だけであるとしている。
・欧州ではNATOの前方展開部隊が増強されており、アジア太平洋地域でも同様である。
・MDは軍拡競争、核軍縮、戦略的安定性に直接影響するファクターであり、不安定化要因としてロシアは反対してきたが、今やその脅威を中立化する手段の開発が必要になっている。
・ルーマニアとポーランドのイージス・アショアはトマホークの発射に転用可能であり、さらに米国は欧州とアジアに配備できる中距離ミサイルの開発を開始した。このようなミサイルが欧州に配備されればロシアにとっての脅威となる。
・ロシア国境付近でのNATOの活動が増加しており、挑発的である。
・気候変動によって北極圏での軍事活動が増加する傾向が見られる。
・情報空間での対立が激化しており、重要な国家施設やインフラが損害を受ける可能性がある。国際情報セキュリティ枠組を確立する必要があり、これは国連の支援の下での国家間対話によって解決されねばならない。
・シリアとイラクでは国際テロとの戦いが続いており、ISISは敗北したが、テロリストは北アフリカやアフガニスタンに足場を移しただけである。多くの非政府組織や国家の特殊機関が彼らに資金や武器を供与しているが、いずれコントロール不能になると覚悟すべきである。国際的にテロを拒絶せねばならない。
・特定の国家による支配の時代は終わったのであり、権力の中心は増える一方である。こうした状況では戦略的安定性の意味するところは複雑化し、軍事衝突を防ぐにはますます困難になっている。
・信頼情勢や危機解決が求められているのはこのためであり、国家間・軍間の対話メカニズムを確立・改善する必要がある。
・核不拡散態勢の強化と軍備管理メカニズムの立て直しが必要である。戦略的安定性メカニズムは多国間化する必要がある。
以上のように、ロシア首脳部の発言からは「関係が悪くても核戦争は避けないといけないのだから、軍備管理で前向きな話をしましょうや」という姿勢が強く滲んでいます。
同時に、ロシア側は相変わらずMDを過剰に脅威視しており、この点は今後の米露対話でも(これまでの軍備管理交渉と同様)トゲになるでしょう。もっとも、米国がMDの配備制限を受け入れるとは思えないので、おそらくは攻撃兵器の規制が中心とならざるをえないでしょうが、実際の焦点は戦略兵器とINFの切り分けを従来通りに5500kmを基準とするのかどうか、極超音速ミサイルや非核弾頭をどう扱うかなどになると予想されます。
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