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毎日ヘボン・奥野の「てびき」と、ツィンツェンドルフ伯爵の「ローズンゲン」と、ルターの一日一章 第16号後半

毎日ヘボン・奥野の「てびき」と、ツィンツェンドルフ伯爵の「ローズンゲン」と、ルターの一日一章
  • 2021/11/17
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毎日ヘボン・奥野の「てびき」と、 ツィンツェンドルフ伯爵の「ローズンゲン」と、 ルターの一日一章   -第16号- A.D. 2021年  教会暦の最後から二つ目の日曜日の週 11月14日(日)から11月20日(土) 後半、水曜日(「悔改めと祈りの日」)から土曜日の分  11月17日、教会暦の最後から二つ目の日曜日の後の水曜日 悔改めと祈りの日  教会暦の最後の日曜日は永遠の日曜日あるいは死者の日曜日と呼ばれ、その教会 年に教区で死んだ人の名が挙げられ、またその機会に自分自身の家系をも、また友 人知人をも自ずと記念されるので、それに備えて、またその次の日曜日からはじま る新しい教会年、またクリスマスに近づき備える待降節に備えるために、悔改める べきところがあるか、主イエス・キリストの御前に(御子なる神、主イエス・キリ スト御名の御内に)祈り、思い当たる(聖霊によって示される)ところがあれば改 悛する。 箴言第14章第34節「」[義の有様の全体は、一つの民を高める。しかし罪は、人々に影響を与えるものから来る(あるいは、人々に影響を与えるものに対峙して)破滅である。] Leute, f. 群衆、とも訳されるが、聖霊ではなく、最高最善の、神からの存在 ではない。人々に影響を与える非人称のもの、さらにはそれに占領され左右されて いる奴隷である。イスラエルの文学で言えば、少年ダビデが石投げで猛獣から守っ て牧した羊の様に、牧者がいないと千々に散らされさまよい、天敵から襲われれば 死んで食べられてしまう。ルターは、イエス・キリストはまことのダビデ der rechte David 、と言っている。ヨハネの第一の書第4章「凡そイエス・キリスト の肉體にて來り給ひしことを言ひあらはす靈は神より出づ、なんぢら之によりて 神の御靈を知るべし。凡そイエスを言ひ表さぬ靈は神より出でしにあらず、これは 非キリストの靈なり。その來ることは汝ら聞けり、この靈いま既に世にあり。」 2021年の悔改めと祈りの日の讃美歌 EG 299 あるいは 428

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