■数字を見た時、考えてほしいこと
現代は、すべてが数字で決まる世界だ。年金支給開始年齢、フェイ
スブックのクリック数、GDP、平均年収などの数字が、世界のあり
方を決めている。
数字の力はますます強くなる一方だ。ビッグデータのアルゴリズム
は、公共でも、民間でも大きく勢力を広げている。もはや物事を決
めるのは、人間でなく数字モデルなのだ。
人は、数字を根拠に飲むもの・食べるものを決め、住む場所を決め、
結婚相手を決め、誰に投票するかを決め、ローンを組んで家を買う
かを決め、どの保険に入るかを決めている。
病気になったと判断するのも、治ったと判断するのも数字だ。人の
生死さえも、数字が決めているのだ。人間に選択肢はない。数字に
興味がない人も、数字に人生を支配されているのだ。
何もわからずに支配されるべきではない。数字は人が作ったのだ。
数字を必要以上に神聖視してはならない。だが、ゴミと一緒に捨て
てしまうのも間違っている。
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歴史を振り返ればわかるように、政治家は常に数字を悪用してきた。
たとえば、アルゼンチンでは、長年にわたってインフレ率が操作さ
れてきた。実際よりも低い数字になっていたのだ。
政府から独立した統計専門の組織があれば、政治家の数字悪用を防
ぎ、真実を知らせることができる。それでも、数字は人々の生活を
向上させるのと同時に、破滅させる力もあるのだ。
大量の数字を扱う時、最も大切な道具は「標準化」「収集」そして
「分析」だ。しかし、この3つの道具も完全無欠ではない。時には
とんでもない事態を引き起こすこともあるからだ。
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知能のような抽象的な概念を標準化する時、そこは必ず研究者の主
観的判断が介在する。こう書くと数字には何の意味もないのかと思
うかもしれないが、そんなことはない。
数字には、数字がなければ見えなかったような隠れたパターンを明
らかにする力がある。だが、数字に間違った期待を持つのは危険だ。
数字はいつも客観的だと信じ込まないように注意すべきだ。
数字は思考停止の言い訳に利用されることもある。「これは私の責
任ではない。ただ数字がそう言っているだけだ」というセリフを聞
いたことがあるはずだ。
この世界は複雑だ。もし数字を重視するなら、数字の限界も知って
おくべきだ。たとえば数字の裏には、誰かの主観的な判断が潜んで
いることばある。
また、世の中には数値化できないものも存在すr。そして数字が語
らないこともたくさんある。数字は絶対的な真実ではないのだ。た
だ単に真実を理解する助けになってくれるだけなのだ。
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もちろん、数字には、物事の隠された姿を見せてくれる力がある。
たとえば、治療の有効性を検証できる。IQを使えば、子どもの発
達をより詳しく知ることができる。
黒人と白人の間にIQの違いがあることがわかれば、格差を認識す
るきっかけになる。つまり、数字は会話の結論でなく、むしろ出発
点なのだ。数字をきっかけに質問を重ねることなのだ。
たとえば「調査の過程でどんな選択や決断があったのか?」「この
差はどこから来るのだろう?」「この数字は政策にどのような影響
を与えるだろうか?」という具合だ。
そして、もっとも大切な質問は「この数字は、私たちが大切だと信
じているものを正しく計測しているだろうか」という質問だ。この
質問を繰り返すことで、数字は真実を理解するツールになるのだ。
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