メルマガ読むならアプリが便利
アプリで開く

第162号(2022年1月31日) OSINT新時代 力の論理とわたしたち ほか

小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略
存在感を増す「軍事大国ロシア」を軍事アナリスト小泉悠とともに読み解くメールマガジンをお届けします。 【目次】 ●今週のニュース 輸血体制の拡充と集団埋葬規格の改定が意味するもの ほか ●インサイト OSINT新時代 ●NEW CLIPS ベラルーシにロシア軍のパンツィリ-S1短距離防空システム部隊が展開 ●NEW BOOKS Jeffrey Mankoff, Empires of Eurasia ほか ●編集後記 力の論理とわたしたち =============================================== 【今週のニュース】輸血体制の拡充と集団埋葬規格の改定が意味するもの ほか ・ロシア軍がウクライナ国境付近に輸血用血液を供給? 『ロイター』2022年1月29日 <https://www.reuters.com/world/europe/exclusive-russia-moves-blood-supplies-near-ukraine-adding-us-concern-officials-2022-01-28/>  3人の米国当局者の発言としてロイター通信が報じたところによると、ロシア軍はウクライナ国境付近で緊急輸血用血液の供給体制を拡大している。  ロシア軍は戦闘部隊に加えて工兵部隊や補給部隊をウクライナ周辺に集結させており、これが単なるブラフではない可能性を示唆するものとされてきたが、輸血用血液を含む医療体制の整備は懸念を一層高めるものと言えよう。ただ、血液というのは長期保存ができないはずであり、ここでいう「輸血用血液の供給」が具体的にどういうことであるのかは明らかでない。  なお、2022年2月からは遺体の集団埋葬に関する国家規格が改訂されることが明らかになっているが、これも大量の戦死者に備えた動きではないかという観測がある(https://en.newizv.ru/article/general/13-12-2021/grave-in-law-state-adopts-national-standard-for-mass-graves)。  同規格は「戦時と平時における遺体の緊急埋葬」というなんとも不気味なタイトルであり、こちらから閲覧可能である(https://docs.cntd.ru/document/1200180859)。 ・「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」に関する動き  ウクライナ周辺におけるロシア軍の集結と並行して、ドネツクとルガンスクの分離独立勢力(自称「ドネツク人民共和国(DNR)」及び「ルガンスク人民共和国(LNR)」)に関しても急な展開が見られる。  その発端は、今年に入ってからロシア共産党がDNRとLNRを国家承認する決議案を下院に提出したことであった。ロシアがDNRとLNRを事実上コントロールしていることは公然の秘密であったが、同国が昨年からウクライナに履行を求めていた第二次ミンスク合意(2015年9月締結)ではDNRとLNRをウクライナ内の「特別の地域」として承認することを前提としている。  したがって、もしDNRとLNRの国家承認が実現すれば第二次ミンスク合意に基づく紛争解決プロセスは完全に破綻することになろう。この意味で共産党議員団の提案は破滅的なものとも言えようが、プーチン大統領の腹心であるヴォロジン下院議長はこの提案を「協議する」として却下しなかった(https://www.jiji.com/jc/article?k=2022012101140&g=int)。ただ、「今週中」とされた協議が実際に行われたのか、その結果がいかなるものであったのかは明らかにされていない。  DNRとLNRをめぐる動きはこれだけではない。今月26日には、下院のトゥルチャク第一副議長がDNRとLNRに武器を供給すべきであると発言。さらに29日には、下院のCIS・ユーラシア統合・同胞問題委員会のヴォドラツキー第一副委員長が、DNRとLNR内に居住するロシア人がロシア軍で勤務することを可能にすべきであると述べた。DNRとLNRの「独立」あるいはロシアへの事実上の併合をほのめかすような動きが今年に入ってから下院で活発化していることが窺える。  これらを軍事圧力の強化と併せて考えると、「第二次ミンスク合意を飲んで国家の分裂状態を固定化することを受け入れろ。さもなくばドンバスは完全に独立し、二度とウクライナに戻らない」というのがロシアのメッセージということになりそうだ。  ただ、裏を返すならば、これはロシアがまだ全面侵攻を決断しておらず、「第二次ミンスク合意の履行」という落としどころを探っていることを意味するようにも見える。  とりあえずはDNRとLNRの国家承認案がどのような扱いを受けるのかが注目されよう。 【インサイト】OSINT新時代 ・古くて新しいOSINTという営み  OSINT(Open Source Intelligence=公開情報インテリジェンス)という言葉が注目を集めています。  この言葉自体はずっと前からありましたし、「情報機関の仕事の9割は公開情報を分析すること」なんていう話はそれこそ冷戦時代からあったわけですが、最近になってその重要性が特に高まったのは、「公開情報」の範囲がずっと広がってきたからでしょう。  例えば冷戦時代に、軍や情報機関以外の人間がソ連内部のことを知ろうと思えば、まず新聞を分析していたわけですね。『プラウダ』の社説、特に後半3分の1が大事だ、というようなことが言われ、ソ連政府の一見無味乾燥な公式見解の微妙な変化からなんとか政治的な真意を読み解く努力がなされました。  あと有名なところでいえば、要人が亡くなった時の葬儀委員会の序列なんかも重要な情報源でした。  米軍も『赤い星』や『軍事思想』なんかを読んで、ソ連の軍事戦略の変化を掴もうとしていたことはよく知られています。さらに米軍がすごいのは、こういうのをソ連専門家が読んで「フムフム」とレポートを書くだけでなくて、全部英語に訳して外国軍事情報局(FMSO)なんかが刊行物としてばんばん発行していたところですね。こういうのは金と人材のある超大国らしいところで実に羨ましい。  こうした方法が現在も有効であることは変わりありません。かくいう私自身も『赤い星』や『軍事思想』を読んでこのメルマガなどで論調分析の記事を書いてきました。さらに最近ではロシア国防省のテレビ局『ズヴェズダ』が実に詳細なロシア軍内部の様子を凝った番組にして放映してくれますし、一般メディアにも軍事記者がいて国防省内での内紛とかスキャンダルなどがソ連時代に比べてかなりオープンに論じられるようになりました。  ただ、こうした情報はあくまでもロシア政府当局が「これなら見せてもよい」あるいは「こんなふうに見せたい」と考えた上で公開しているものであることには注意する必要があります。場合によっては偽情報やデマも混じっているでしょう。OSINTの基本はこれからも公式情報であり続けるでしょうが、そうであるがゆえに、「大本営発表」であるということは常に念頭に置いておかねばならないということです。   ・広がるOSINT  他方、最近では、OSINTの範囲はかつてと比べて大幅に拡大するようになりました。  こうした新時代のOSINTを象徴するのは、国際的な調査団体ベリング・キャットの活躍でしょう。「猫の首に鈴をつける」ことを意味する団体名からも明らかなように、アブないやつらをしっかり監視しておこうというのがその設立趣旨であり、創設者の英国人エリオット・ヒギンズ氏を中心に世界中のアマチュアやジャーナリストと協力してOSINT活動を展開しています。  その彼らが一躍有名になったのは2014年のウクライナ東部紛争で、同年7月にマレーシア航空17便を撃墜したブーク防空システムが(ウクライナ軍のものではなく)ロシアから派遣されてきたものであることを監視カメラの断片的な映像を繋ぎ合わせて立証して見せました。 (https://www.bellingcat.com/wp-content/uploads/2014/11/Origin-of-the-Separatists-Buk-A-Bellingcat-Investigation1.pdf)

この続きを見るには

この記事は約 NaN 分で読めます( NaN 文字 / 画像 NaN 枚)
これはバックナンバーです
  • シェアする
まぐまぐリーダーアプリ ダウンロードはこちら
  • 小泉悠と読む軍事大国ロシアの世界戦略
  • ロシアは今、世界情勢の中で台風の目になりつつあります。 ウクライナやシリアへの軍事介入、米国大統領選への干渉、英国での化学兵器攻撃など、ロシアのことをニュースで目にしない日はないと言ってもよくなりました。 そのロシアが何を考えているのか、世界をどうしようとしているのかについて、軍事と安全保障を切り口に考えていくメルマガです。 読者からの質問コーナーに加えて毎週のロシア軍事情勢ニュースも配信します。
  • 1,100円 / 月(税込)
  • 毎週 月曜日(祝祭日・年末年始を除く)