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【死んでも書きたい話】 眼の前でトルコ人が拘束され人質に

安田純平の死んでも書きたい話
ロシアによるウクライナ侵攻が続いています。首都キエフ近郊のブチャなどでロシア軍撤退後に殺害された市民の遺体が多数見つかり、ロシア軍による虐殺と見られています。ロシア側はウクライナ軍による自作自演を主張し、証言者全員が演技をしているかウクライナ政府に騙されている、と陰謀論を述べています。 メディアがこれらの地域へ入るためにはウクライナ軍の許可が必要ですが、入った後はある程度の地域までは自由に動けたらしく、まだ回収されておらずい報道もされていない遺体を見つけたり、そうした場所で瓦礫などの片付けをしている市民にインタビューしたりもできたようです。 ロシア側の主張のとおりだとすると、こうした地域にいる現地人とみられる全員が、いつメディアに話しかけられてもいいように演技し、仕込まれたとおりの嘘の証言をしているということになります。あまりにも荒唐無稽としか言いようがありませんが、シリアについでも反政府運動が始まった2011年の当初から同様の陰謀論が政府側から流されていたので、私には「またか」とういう印象しかありません。 しかし、メディアの目もない場所で行われる虐殺を実行したのは誰なのかを、戦争状態にある場所で特定するのは容易ではありません。そうしてあいまいなままにされたまま、その後も虐殺事件や無差別攻撃、化学兵器による犠牲者が相次ぎ、いずれも状況的にはアサド政権によるものと西側メディアや国際人権団体などに指摘されても、政権支持者やロシアなどが陰謀論を展開し続けてきました。ウクライナについても今後、同様の状況が続くと思われます。 そうしたなかで、英国紙ガーディアンが発表した記事は、2013年にアサド政権の治安関係者がダマスカス近郊の市民を虐殺する映像を分析し、その処刑の実行者を特定し、本人に連絡をとって映像の処刑者が自分自身であることを認めさせ、多数の人を殺害したことを認めさせたという衝撃の内容でした。 そうした虐殺が行われていることは無数に指摘されてきましたが、衝撃なのは、本人を特定して本人に認めさせたという点です。別の治安関係者が撮影した映像を人権団体に持ち込み、オランダの研究者らが処刑者の特定に成功したという経緯までが書かれています。 研究者らは本人を特定するために、アサド政権の支持基盤であるイスラム教アラウィ派の若い女性を装ってフェイスブックの中に架空の人物をつくり、数年をかけて政権礼賛の投稿を続けるうちに政権内の多数の役人と「友人」になりました。下心丸出しの男たちから芋づる式に治安関係者のアカウントを見つけ出し、映像の中の処刑者とみられる男を発見し、直接のやりとりに成功します。そして、映像を本人に見せ、本人自身であると認めさせたのです。 私は2012年6、7月に、すでに内戦状態になっていたシリアを取材しました。直前の5月に、反政府側地域に住む100人超の女性や子どもらが首を切られるなどして殺害された「ホウラの虐殺」がありました。政権側の犯行とみなされたものの、政府側が「反政府側の自作自演」と主張し続け、あいまいなままとなってしまいました。 政府側は、反政府運動自体が欧米や湾岸諸国による陰謀であり、欧米に雇われたアルカイダが市民のふりをして他の市民を殺しており、欧米メディアはアルカイダから受け入れられて情報をもらって嘘の報道をしている、というものでした。イラクでは欧米の軍もメディアもアルカイダによって多数殺害されていたのに、シリアでは手を組んでいるという内容で、日本語でもそうした文章が流布されていました。ウクライナ侵攻に関連して流されているものと酷似していることにも気づくと思います。 実際に現場を取材すると、政府軍と反政府側の位置関係や現場の地形、双方が使う兵器の種類、空爆や砲撃を受けている地域の人々の使うアラビア語の方言や衣食住などから、陰謀論がただの陰謀論でしかなく、アサド政権による無差別攻撃、つまり政府による虐殺であると理解できました。 しかし、そうした状況を映像で見せたとしても、あくまでもそれは状況証拠でしかないのも事実であり、私は政府側支持者から「米国の手先」などと言われました。陰謀論を騙る人はどこまでも騙ります。共通に認識できる前提事実をもとに、共通の論理によって実際に何があったのかを特定していく、という作業は陰謀論者とは全く不可能だと思い知らされました。 殺害の実行者本人に認めさせたこの研究が、いかに画期的なものであるかが分かると思います。映像自体が衝撃的なものであり、処刑者の顔がはっきりと映っているということがありますが、そこから何年もかけて本人を特定していく執念と技術には感服するしかありません。ここまでやれなかった自分の仕事がいかにいい加減で甘いものであったかを痛感させられました。 こうして事実を特定していく作業が可能であること、実際に行った人たちがいて、その手法も明らかにされているということが、今まではあいまいなまま事実上の不問とされ、そうして繰り返されてきた殺戮に歯止めがかかることを期待したいです。

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  • ジャーナリスト安田純平が現場で見たり聞いたりした話を書いていきます。まずは、シリアで人質にされていた3年4カ月間やその後のことを、獄中でしたためた日記などをもとに綴っていきます。
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