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渡辺勝幸の日本一元気になるメールマガジン
第4298号 令和4年6月21日(火)発行
発行部数 11,541 部
【防衛庁長官を志願
ー中曽根康弘その22ー私の履歴書 保守政権の担い手】
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【防衛庁長官を志願
ー中曽根康弘その22ー私の履歴書 保守政権の担い手】
昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、
日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。
保守政権の担い手であった昭和時代の政治家を中心に分析。
歴史から未来をつくっていきたいと思います。
『保守政権の担い手―私の履歴書』
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反佐藤であった中曽根は佐藤改造内閣で、
運輸相として入閣、
この時の人事で、久しく冷や飯を食っていた中曽根派も
政務次官、副幹事長、政調副会長などのポストを得たのでした。
その後、昭和45年11月25日、
中曽根は臨時国会の開会式に防衛庁長官として出席した後、
砂防会館にある事務所でモーニングを着替えていました。
そこへ陸上幕僚監部から緊急の電話が入ります。
作家の三島由紀夫が「楯の会」の四人を連れて
市谷の東部方面総監室を占拠しているという連絡でした。
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