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レモン市場そして「マグレブ商人とジェノヴァ商人」で考えるメディアの問題  佐々木俊尚の未来地図レポート vol.710

佐々木俊尚の未来地図レポート
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 佐々木俊尚の未来地図レポート     2022.6.27 Vol.710 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.pressa.jp/ 【今週のコンテンツ】 特集 レモン市場そして「マグレブ商人とジェノヴァ商人」で考えるメディアの問題 〜〜なぜフェイクニュースがあふれてしまうのかを考える 未来地図キュレーション 佐々木俊尚からひとこと ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■特集 レモン市場そして「マグレブ商人とジェノヴァ商人」で考えるメディアの問題 〜〜なぜフェイクニュースがあふれてしまうのかを考える ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 「レモン市場」という経済用語をご存じでしょうか。このレモンとは果物のことではなく、質の悪い中古車をさすアメリカのスラング。中古車はボディやエンジンルームを磨き上げておけば品質がよく見えてしまうので、過去に事故を起こしたクルマをだまされて売りつけられても、お客さんは気づきにくい。こういう質の悪い中古車を売りつける業者が横行すると、中古車市場が全体に質が落ちてしまうことになります。これが『レモン市場」です。 レモン市場になってしまうのは、売る側の中古車ディーラーと、買う側の一般のお客さんとで「情報の非対称」があるからです。中古車ディーラーはどのクルマの質が悪いのかということをあらかじめ知っていますが、お客さんは実際に購入するまでそのクルマの品質を知ることができないということです。 レモン市場になってしまうと、中古車市場に出まわるクルマが質の悪いモノばかりということになり、お客さんは中古車を買いたがらなくなってしまう。すると中古車市場そのものが衰退することになり、結局はディーラーの側も損することになってしまいます。だから中古車ディーラーは品質の良いクルマを販売してレモン市場にならないように努力した方がいい。 とはいえ、質の良いクルマをきちんと適正な価格で提供しているディーラーがたくさんいるなかで、「自分だけは得をしよう」と質の悪いクルマを売る悪徳ディーラーがいると、そのクルマは情報を知らないお客さんに高い値段で売れてしまうので、他のきちんとしたディーラーは損をしてしまうことになる。だから悪徳ディーラーをどうやって儲けさせないようにするのかが、大事なテーマになってくるわけです。 レモン市場問題は中古車市場だけでなくさまざまなジャンルに当てはまります。わたしはこのレモン市場は、いまのメディアにおけるフェイクニュースの問題にもまさに当てはまると感じています。 まだインターネットのなかった1990年代までのマスメディア時代には、新聞やテレビの発信するニュースを多くの人が「たいていは信用できる」と考えていました。問題は本当に信用できるファクトだったかどうかではありません。みんなが信用していたということが大事なのです。新聞テレビをみんながある程度は信用していたから、「メディアを流れてきた情報は信用できる」という共通認識があったのです。つまりメディア空間はレモン市場にならずにすんでいました。 2000年代にインターネットが普及し、怪しげな陰謀論やフェイクニュースがあふれかえるようになります。そのいっぽうでネットにおける専門家の発信は、それまで「たいてい信用できる」と思われていた新聞やテレビのニュースにもかなり怪しく信用できないものがたくさん存在するのだ、ということを社会に知らしめました。 この結果、ネットの情報のみならず新聞テレビにもたくさん怪しい情報があふれているという実情が、社会全体に共有されてしまいました。これはもちろん良い方向なのですが、いっぽうでわたしたちの住むこのメディア空間が、実はレモン市場だったことが暴かれてしまったということでもあるのです。 中古車市場がレモン市場になってしまうと、最終的には中古車市場そのものが衰退してしまうことになるというのは先ほど書きました。それと同じようにメディア市場もレモン市場であることが明らかになってしまうと、最終的にはだれもメディアのことを信じられなくなってしまうという問題が起きてくるということです。 フェイクニュースのあふれかえることの問題点として、「フェイクニュースに騙される人が増える」というだけでなく「ニュースそのものを皆が信じなくなってしまう」ということが以前から言われています。何がファクトで何がフェイクなのかが判断できないから、そもそもニュース全体を信じないようにしようというマインドに進んでしまうということですね。これはまさにニュースがレモン市場化しているということではないでしょうか。 メディア空間には、さらに大きな問題があります。 中古車の場合、ディーラーとお客さんのあいだに「このクルマは事故車かどうか」という情報についての非対称性があるというのは先ほど書きました。ディーラーはあらかじめ事故車かどうかを知っているけれど、お客さんは購入してからでないと事故車かどうかがわからない。 ところがメディア空間では、「そのニュースがフェイクかどうか」ということについてのファクトチェックが非常に難しい。そのニュースを受けとる段階でも判断できないし、受けとった後でも判断できない。かなり時間が経ってから、検証がきちんと行われてようやく真偽が明らかになるのです。時間が経っても真偽が明らかになっていかないニュースでさえもたくさんあります。 この「ファクトチェックができない」「ニュースを評価できない」問題が起きてしまうのは、いくつかの理由があります。

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