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渡辺勝幸の日本一元気になるメールマガジン
第4319号 令和4年7月12日(火)発行
発行部数 11,538 部
【石油危機において通産大臣を務める
ー中曽根康弘その25ー私の履歴書 保守政権の担い手】
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【石油危機において通産大臣を務める
ー中曽根康弘その25ー私の履歴書 保守政権の担い手】
昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、
日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。
保守政権の担い手であった昭和時代の政治家を中心に分析。
歴史から未来をつくっていきたいと思います。
『保守政権の担い手―私の履歴書』
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中曽根は同期同年の田中角栄とよきライバルとして、
「同級闘争」をしたのでした。
昭和48年11月20日、日曜深夜。
アラビア石油の水野惣平社長があわただしく中曽根の自宅を訪ねてきました。
中曽根は田中内閣の通産相でした。
一カ月半前、第四次中東戦争が勃発し、
アラブ諸国は日本を非友好国とみなし、突如、石油の供給量を削減。
第一次石油危機でした。
インフレは激化し、主婦は洗剤やトイレットペーパーの買いだめに走りました。
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