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なぜ表現の自由を侵そうとする人たちは右派から左派に移ったのか タイトル 佐々木俊尚の未来地図レポート vol.714

佐々木俊尚の未来地図レポート
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 佐々木俊尚の未来地図レポート     2022.7.25 Vol.714 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.pressa.jp/ 【今週のコンテンツ】 特集 なぜ表現の自由を侵そうとする人たちは右派から左派に移ったのか 〜〜〜猥雑で不浄なものは文化の根源だと戦後は認識されていた 未来地図キュレーション 佐々木俊尚からひとこと ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■特集 なぜ表現の自由を侵そうとする人たちは右派から左派に移ったのか 〜〜〜猥雑で不浄なものは文化の根源だと戦後は認識されていた ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ かつて日活ロマンポルノなどの成人映画が、滝田洋二郎さんや相米慎二さん、若松孝二さんといった幾田の名監督を生みだし、ポルノ雑誌などのアングラな雑誌の業界が素晴らしい書き手を輩出しつづけていたという流れが、日本の現代文化にはありました。 これは決して20世紀後半の特異な状況だったということではありません。現代のツイッターからでも、素晴らしい投稿を繰り返している人が注目を集めてプロの作家や漫画家になっていくという光景はよく目にします。ツイッターを「便所の落書き」などと揶揄する人は高尚な方面に多いのですが、その便所の落書きから素晴らしいクリエイターたちは生まれてきているのです。 そういう猥雑で不浄でアナーキーな「すそ野」こそが、実は「上澄み」である高尚な文化を支えていたということなのです。「上澄み」だけでは文化は持続できず、「すそ野」と「上澄み」の人材の循環があってこその「上澄み」であると言えるでしょう。その構図を理解せずに、「上澄み」を享受している自分だけが正しい文化の担い手であり、「すそ野のようなゴミは切って捨てて良い」と考えるのはあまりに傲慢ではないでしょうか。 いま日本で一部の人たちがアダルトビデオやポルノ、さらには性産業そのものをも排除しようとしていることは、このような思考とまったく同じだと考えます。 それにしてもなぜ、猥雑不浄なものを21世紀になって排除する動きが出てきてしまっているのでしょうか。ブログ『シロクマの屑籠』でも有名な精神科医の熊代亨さんは著書『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス、2020年)で、21世紀の過剰な清潔さを指摘されています。 「清潔で安全・安心な秩序は平成時代をとおして間違いなく進展し、いやな臭いも不潔な場所もどんどん減った。ホームレスは福祉政策をとおして社会のなかへ再配置され、若い世代の犯罪率も下がっていった」 「そのかわり、この秩序からはみ出さざるを得ない者、これらの点に関するマイノリティにとって、この社会はどこへ行っても不快がられ、どこへ行っても不審がられ、せいぜい繁華街の雑踏にまぎれて透明人間になり、息をひそめなければならないものでもある。秩序の内側に踏みとどまるためには、臭わないよう清潔を心がけ、服装にも注意を払い、挙動不審と思われない行動や振る舞いを心がけなければならない」 「この清潔な街は、清潔という習慣に馴染めるマジョリティには快適な自由を惜しげもなく提供する。けれども、清潔に馴染めないマイノリティには清潔であるよう強制し、それができなければ羞恥心や罪悪感を、時には排除や疎外さえ与えかねない」 ここでおもに書かれているのは街の清潔さについてであり、結果としてホームレスのような人たちが居場所がなくなるという問題なのですが、この熊代さんの指摘は文化全体にも当てはまるのではないでしょうか。 20世紀の日本で、猥雑不浄なものを社会から排除しようとするのは一貫して「保守」「右派」の勢力でした。戦前に禁酒禁煙や公娼制度の廃止をとなえ、「結婚するまで性交渉をおこなわない」という純血運動をおこなっていたのは宗教右派である日本キリスト教婦人矯風会でした。また戦後では1950年代、手塚治虫の漫画が糾弾された(いまふりかえると信じられない話ですが)悪書追放運動も保守派や警察組織が中心となっていたことは有名です。 このような排除に一貫して抵抗していたのは、どちらかといえば左派寄りの文化人たちでした。最も有名な事例としては、「四畳半襖の下張」事件があります。これは文豪永井荷風が大正時代に書いた小説です。雑誌に発表されたものとは別に、ひそかに流通していた「春本」版、つまりポルノ小説版がありました。さすがの文豪の巧みな筆致で、セックスシーンを当時としては信じられないほどエロティックに激しく描いていて、表に出すことはできずひそかにアングラで流通していたようです。 表には出ていなかったこのアングラな春本版を1972年、当時人気のあった『面白半分』という雑誌が掲載しました。しかけたのはこの雑誌の編集長だった作家野坂昭如です。そして警察はこの掲載を摘発し、『面白半分』の出版社社長と野坂をわいせつ図画販売で書類送検し、起訴します。 これに抵抗して立ち上がったのが、左派文化人たちでした。作家丸谷才一が「特別弁護人」に専任され、五木寛之、井上ひさし、吉行淳之介、開高健、有吉佐和子といった当時抜群に知名度のあった有名作家たちが次々と法廷で証言に立ち、「四畳半襖の下張」の芸術性などについて訴えたのです。裁判は最高裁まで争われ、最終的に被告ふたりの罰金刑が確定しています。 さらに時代を下ると、1999年に男女共同参画社会基本法が施行されます。この時期からジェンダーフリーが言われるようになったのですが、これを「フリーセックスと同じ意味」「性教育が過激になっている」などと非難したのは自民党議員を中心とした保守派の人たちでした。ちなみにこのとき自民党にできた「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」の座長だったのは、驚くことに安倍元首相です。

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