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渡辺勝幸の日本一元気になるメールマガジン
第4385号 令和4年9月16日(金)発行
発行部数 11,516 部
【手本とすべき文王】
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【手本とすべき文王】
孟子が聖人を引用する場合には、
それぞれ採り上げるべき事実を挙げて
それを指示しています。
例えば舜について語る時には、
さきの第十六章に見たように、
その一善言を聞き一善行を見れば、
江河を決するがごとく敢然と善に勇んだことを採り上げています。
文王については、本章、
梁恵王上篇第二章〔民と楽しみを同じうしたことを採り上げる〕、
同下篇第三章〔勇を好んだことを採り上げる〕、
第四章〔岐を治めたことを採り上げる〕、
離婁上篇第七章〔文公を師とすべきことを採り上げる〕、
第十三章〔老人を養うことを採り上げる〕、
同下篇第二十章〔民を視ることが傷ついた人を見るようであったことを採り上げる〕、
および本篇第十章〔人々は文王によって興起したことを採り上げる〕
等を通看すると、だいたいにおいて、
民を愛し仁を施し、業を創め統を垂れたことについて
述べていることが知られます。
以上につけても、わたくしは平常
「今の諸侯が最も手本とすべき人物は、文王である」
と考え、また窃かに
「わが洞春公(註:藩祖毛利元就)の事蹟は、
大いに文王に似ておられる」
と考えています。
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