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伏木悦郎のメルマガ『クルマの心』
第493号2022.9.20 配信分
●自動車は一時の流行りにすぎない……ヴィルヘルム二世
ずっと身体との関係でクルマを考えてきた。自動車の発明は、い
うまでもなく1886年。カール・ベンツとゴットリープ・ダイムラー
がほぼ同時期にドイツ南西部シュツットガルト郊外で成している。
ダイムラーAG本社にほど近いメルセデスベンツ博物館を訪ねる
と、8階建ての最上階にて往時の歴史を現物(レプリカ)を観なが
ら学ぶことができる。私はこれまでに数度通ったが、機会があった
ら是非お薦めしたい必見のスポットだ。現場を踏まなければ分から
ない歴史を目の当たりにすることができる。
事実として当時(19世紀中頃)のドイツは欧州の新興国だった。
普仏戦争(1870年7月~1871年5月)でフランスに勝利したとはい
え、プロイセンにはクルマの普及に必要不可欠な進取の気性に優る
富裕層はいなかったようだ。
博物館では、エレベーターで8Fに直行すると葦毛の馬の剥製に
出迎えられてぎょっとさせられる。足下に記された一文が印象的だ。
『自動車は一時の流行りにすぎない。余は馬に全幅の信頼を寄せて
いる』。当時の皇帝ヴィルヘルム二世の肉声とされるが、変化する
時代に戸惑う心境の吐露が窺える言葉ではないだろうか。
すでに普及の極みに達した現代では『時代錯誤』とシンプルに一
蹴されそうだが、自動車が一般にはほとんど知られていない未知の
存在だったことを想像してほしい。路上からクルマが消えて、空飛
ぶ自動車(ドローン)が飛び交う……かどうかは不明だが、人はま
だ見ぬ未来には保守的に振る舞いたくなるものであるようだ。
当時の欧州では、産業革命で先行する大英帝国(UK)が権勢を
誇り、プロイセン(ドイツ)との戦争に破れ第二帝政から第三共和
制へと移行していたとはいえまだフランスの先進性は際立っていた。
C.ベンツの『パテント・モトール・ヴァーゲン』の顧客第一号は
フランス人富裕層だったし、後にダイムラーとともにパリ万博への
出展が世の人々に自動車という存在を知らしめている。
率直に言って、この辺りの欧州近代史に疎いのは残念の極みとい
う他ない。歴史は経済、産業、政治、経済、戦乱など様々な要素が
絡み合った結果だ。今を理解するには、歴史観を整理しないと話の
筋が通り難い。未来を語る上で注意したい大事なポイントだろう。
●自動車モビリティは将来『観光立国』のKPIになる!?
”クルマはガソリンで走るのです”昭和のTVで流れた今や懐か
しいCMだが、自動車黎明期の欧州にガソリンスタンド(GS)は
まだなかった。これは現代目線で過去を判断しがちな盲点だろう。
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