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渡辺勝幸の日本一元気になるメールマガジン
第4441号 令和4年11月11日(金)発行
発行部数 11,496 部
【「権」は中を執る】
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【「権」は中を執る】
「権」の一字こそ、
中を執る方法であって、
本章の結論です。
それについてわたくしは、
常に次のように考えています。
聖人の道、すなわち儒教は、
人倫を明らかにすることを目的としています。
この明らかにする工夫こそ、
権から生まれるのです。
君臣・父子・夫婦・長幼・朋友という五つの関係と、
親・義・別・序・信という、
その関係間に存在する五つの道、
これが人倫というものです。
しかしながら、後漢の趙苞や三国時代の徐庶のように、
不幸にも人倫の変に出会った時には、
問題の軽重を比較した上で、
庶のごとく辞任して親に随うこともあり、
苞のごとく国に随って家を棄てることもあり、
それはすべて、その時その時の事情から
どうすべきかという道が生まれるものであって、
これが権に外ならないのです。
それ故に、忠孝の道を学びながらこれを固定概念として受け取り、
権ということに気がつかぬと、
かえって不忠不孝に陥ってしまうことが多いもので、
これを、わたくしは常に心配しています。
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