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【Vol.463】冷泉彰彦のプリンストン通信『2023年のアメリカ経済、3つの懸念』

冷泉彰彦のプリンストン通信
「新海誠氏の『すずめの戸締まり』が達成したバランス」  新海誠氏の新作『すずめの戸締まり』ですが、ようやく見る機会を得まし た。傑作と思います。何よりも、スケールの大きな内容を2時間ジャストの尺 にまとめた編集の切れ味が素晴らしいですし、その結果としてロードムービー とアクションムービーを両立させつつ、しっかりしたテンポ感を実現している 点、素晴らしいクオリティと思いました。  その一方で、ビジュアルの細部に関してはややフォーカスの甘さを感じたの も事実です。主人公である鈴芽の顔立ちの書き込み、重要なモチーフである廃 墟のビジュアルの作り込みなど、もう一歩の精度を求める判断もあったのでは と思いました。例えば、『君の名は』や『天気の子』では、JR東日本の鉄道 インフラをモチーフとする画が頻出しており、そのいずれも細密画のようなク オリティを追求していたわけですが、本作ではJR東海さんとか、東京メトロ などを含めた多くの鉄道が出てくる中で、作画は一般的なレベルに留まってい ました。  その辺りに関しては、本作の場合は制作の分業体制がより分散型、より効率 型に振られており、作者の職人的な要求レベルを多少緩めている気配がしてお り、それが、結果としての「甘さ」になっているのかもしれません。誤解があ れば指摘していただきたいのですが、この作品、広報宣伝においては「新海誠 監督作品」となっているのですが、肝心の本編の後に流れるクレジットでは新 海誠氏については「原作、脚本、絵コンテ、編集」となっており、演出家とし ては別に3名がクレジットされていました。  もしかすると、新海氏は脚本と絵コンテを用意し、各場面の演出は複数の演 出家に任せ、上がってきた動画を編集する作業は改めて新海氏が手掛けるとい う分業体制になっていたのかもしれません。だとすると、主人公の顔立ち、細 部の書き込みの「甘さ」というのも納得がいきます。  この「作画の甘さ」という点ですが、結果的にはプラスに働いたと思われま す。というのは、本作の中核には(多少ネタバレになりますが)非常に深刻な 問題を抱えているからです。  それは、人口減や経済衰退による「人々の活き活きした生活実態の消失」が 生み出すものとしての「廃墟」が、大震災などの災厄の原因になるという設定 という問題です。現代に生きる日本人であれば、体感的に納得できてしまう発 想法ですが、同時に大変に残酷な発想でもあります。もしも、本作における 「廃墟」が、もう一周りリアルで精緻な書き込みをされていたら、この残酷さ というのが暴走していたかもしれません。  そうなると、男女の出会いだとか、キャラの立った脇役とのロードムービー とか、懐メロの強引な押し込みなどの「リリーフ(救済)」要素を入れても、 全体をバランスすることができず、ブラックホールのような廃墟のイメージ が、作品を崩壊させていたかもしれないわけです。  というわけで、作画を徹底的に詰めなかった(?、失礼)ことが奏功する形 で、一種のバランスが実現していたとも言えます。つまり、悲劇的な設定とコ ミカルな救いの部分、廃墟の暗さとアクションとロマンスの要素、家族の再生 といった多くの要素の全体が、極めて高次元のバランスを達成していたので す。本作の最大の魅力はここにあると思います。  反面、衰退に向かう日本社会に対する厳しい思い、あるいは鈴芽やそれ以下 の世代へのメッセージという面では、やや弱さを感じたのも事実です。新海氏 はキチンと認めているようですが、村上春樹さんの「かえるくん、世界を救 う」からのインスパイアも少々強すぎるような気もします。神道の材料につい ては、もう少し深める判断もあったかもしれません。  そうではあるのですが、そうした深堀りの方へ、無理に行くことなく、大規 模な観客を意識してのバランスを死守したのは、これはこれで正解だったのか もしれません。多くの企業体とのコラボがされており、作中にもその形跡が残 りつつ、これも適切なバランスの中でしっかり処理、消化されていたのも良か ったと思います。  ただ、改めてもう一度、新海誠氏の純粋な世界、つまり細密画のようなリア リティを通じた世界の残酷な描写を、神道的な世界観の深堀りで支え、コラボ 企画などからは自由になり、少し観客のゾーンを絞った形でのプロダクション を見てみたいという気持ちにさせられたのも事実です。  それはともかく、元来は非常に巨大な固定コストを抱えたリスキーな企画と なる宿命のあるアニメのフィーチャー・フィルムという形態を、制作の効率、 予算の引っ張り込み、対象の拡大というマネジメント面での組み立てで乗り越 えた成果については称賛しかありません。

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  • 冷泉彰彦のプリンストン通信
  • アメリカ北東部のプリンストンからの「定点観測」です。テーマは2つ、 「アメリカでの文脈」をお伝えする。 「日本を少し離れて」見つめる。 この2つを内に秘めながら、政治経済からエンタメ、スポーツ、コミュニケーション論まで多角的な情報をお届けします。 定点観測を名乗る以上、できるだけブレのないディスカッションを続けていきたいと考えます。そのためにも、私に質問のある方はメルマガに記載のアドレスにご返信ください。メルマガ内公開でお答えしてゆきます。但し、必ずしも全ての質問に答えられるわけではありませんのでご了承ください。
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