【Vol.468】冷泉彰彦のプリンストン通信『不透明な世相が続く日々』

「「美人すぎる」という日本語はアウト」 　東北地方の地方議員のことを取り上げて「美人すぎる市議」という表現がさ れたり、芸能人が「天使すぎる」などと言われていた件で、この「すぎる」と いうのは「文法的に変」ではないかという議論があるようです。 　文法的には、２つ論点があって、 「本来は形容詞につくはずの『〜すぎる』が、名詞にもつくのは不自然」 「本来は『〜過ぎるのは良くない』というニュアンスなのが、肯定的なニュア ンスの強調になっているのは変」 　という話です。文法と言いますか、語彙論としては正しいと思います。大い に議論していただきたいと思います。但し、後者に関しては、そもそも「美味 しすぎる」とか「優しすぎる」というのが、「期待値を大きく上回る」という ニュアンスを伴いながら、強い強調表現として出てきている中では、既に「引 き返せない」ところまで来ているようです。 　問題はこの中で「美人すぎる」という表現です。これは完全に「ルッキズ ム」と「セクシズム」の表現であり、とりわけ地域の代表として仕事をしてい る政治家に対して使用するというのはアウトだと思います。 　というのは、「美人すぎる」という表現における「すぎる」という語のニュ アンスとしては、ニュートラルな very much という意味ではないからです。 どういうことかというと、「美人すぎる市議」というのには、２つのニュアン スがあるのです。まず、 １）本来は高齢男性が多い中で、市議に対する好感度の期待値は低いが、そこ に美しい（と自分が思う）女性が来ると、大幅に期待値を上回っていることに なる。 　という意味合いがありそうです。このニュアンスであれば、言われたご本人 も、それほどは不快ではないでしょうし、これ自体がルッキズムとセクシズム の表現ではあるものの、アウトではないかもしれません。ですが、もう一つ、 ２）市議は市議として評価したいが、美しすぎるので「まずは美しい女性とし か目に入らない」ので困る。したがって、市議としては「美しすぎる」。 　というニュアンスもあるようです。仮にそうであれば、女性というジェンダ ーに対する侮辱ですし、何よりも「美しい女性に見えてしまって市議に見えな い」と思っている男性の側に猛烈な認知の歪みがあるわけです。 　同じように「美しすぎる銀行員」とか「美しすぎるリケジョ」などというよ うなバリエーションを考えてみても、やはり同じような不快感が消えません。 どう考えても、女性を馬鹿にしているとしか思えないからです。反対に「イケ メン過ぎる」という日本語もやはり公衆の面前ではアウトだと思います。