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渡辺勝幸の日本一元気になるメールマガジン
第4546号 令和5年2月24日(金)発行
発行部数 11,474 部
【父子の間の道】
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【父子の間の道】
新井白石の『読史餘論』に本章が次のように引用されています。
「『保元物語』を見ると、源義朝に父の為義を切らさせられたことは、
過去に未だ聞いたことのない不祥事であり、
これは、それを命ぜられた朝廷のお誤りであるとともに、
子たる義朝自身の誤りである。
『孟子』に、舜が天子の地位にあり、皐陶が裁判官の地位にあるとき、
父のこそうが殺人をおかし、皐陶がこれをとらえたとすれば、
舜はどうしたでありましょうかという桃應の問に対し、
孟子が、舜はその地位を棄て、父を背負って辺土に去るであろう
と答えたことを載せているが、
義朝においても、父を助けようと思ったならば、その方法はあったはずである。
自分に賜る恩賞に代えたとしても、よしわが身を投げ出したとしても、
父を救おうと思うならば、救われたのである」
とあります。
この意見に、わたくしはまず同感します。
このように心を使って、なお救うことができなかったならば、
父とともに生命を失ったとしても、
少しも心残りはないのです。
舜の心も同様でした。
殺人罪をおかしたものを、
人に知られないように背負って逃げたとしても、
天下の威勢をもってこれを捜索したならば、
やがて露見してしまったかも知れず、
一生涯、父とともに欣然として居るということは、
困難だったでしょう。
しかしながら、捕えられて直ちに父子もろとも殺されたとしても、
一生欣然としていたという事実を、
少しも傷つけないのです。
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