「134号」
小西昭生のアクエリアスの時代を「明るく軽やかに生きる法」
~神の手ほどき~
2023年4月20日号
第134号:「真理の追究を続ける理由」
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目次
【まえがき】このメルマガについて
1.学問の果てにあるもの
2.宇宙法則と自然法則
3.沈黙の美しさ
4.まとめ
【あとがき】
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《今回のフォーカス》
今回のテーマは、「真理の追究を続ける理由」です。
真理の追究・探究は、人間が本能的に行う行為です。
では、なぜ、真理の追究・探究を行うのかを、考えたことがありますか。
究極の結論は、「神を探すため」なのです。
なぜならば、人間の持つ素朴な疑問は、「人間とは何か?」です。
人間を追求・探求していくと、結局「神」に行きつきます。
人間とは何かを、論理的に追求するのは、学問です。
多くの分野に分かれていますが、学問全体を見渡せば、究極は、「人間とは何か」がテーマです。
医学では、肉体の病気を治します。文学は、人間の愛をテーマにします。
医学も文学も、その根本にある「生命」や「愛」は教えることが出来ません。生命や愛は、論理的思考に馴染まないからです。
その論理的思考に馴染まない分野に、「真理の追究・探究」をもって切り込んだのが、他ならぬ釈尊であり、イエス・キリストでした。
真理を伝えようとしたのですが、後世の人間たちが、宗教という見える世界の仕組みの中に、「真理」を論理的に構成して制約してしまいました。
制約されることのない生命も愛も、論理構成には馴染みませんので、「真理の追究・探究」の扉は閉ざされてしまいました。
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