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人間を考えるシリーズ どの道もいつか通った道

橘川幸夫の時代分析と質問箱
 朝、起きるとFENをかける。あるいはカセットテープを回す。「音楽がなくなったら生きていけない!」と言って、反射的に僕は僕に「アホめ、一度、音楽なんか取り上げられた生活をするがいい死にはしないよ」とつぶやいてみせた。 でもそうじゃない。「音楽がなくなったら生きていけない!」という言葉は例えば「冷蔵庫がなくなったら生きていけない!」という言葉が、今の僕たちにとって真実のように真実だ。 僕たちは様々な機能の中にいる。様々な機能の中にいる事によってつながれている。  いつだって僕たちは「もう、一歩だって後もどりは出来ない」ところで、かろうじて生を保ってこれたのだ。個人は死ねば忘れるし忘れられるが、総体としての人間はまだ一度も忘れものをした事がない。こないだ読んだ本によると、人間にとって<精神の高み>と いうところへは既に1世紀にピークに達しているし、<芸術の高み>とやらへは16世紀に到達していて、科学も20世紀でピークだそうだ。ピークといえば、こういう例もある。 現在、世界中の山岳で未踏峰というのは殆どない。あとは南壁ルートとか○×綾冬期単独攀とかいった、登り方が人間の未経験の課題として残されているだけだ。そこに山がある、式のアルピ二ズムに対して、登り方のバリエーションの追及をスーパー・アルピ二ズムというが、しかしそれも近い日に登り尽くされてしまうだろう。

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  • 「ロッキング・オン」「ポンプ」など1970年代から参加型メディア一筋の活動家としてメディアの渦中で生きてきました。その体験と実感からの視点で、さまざまな事件や現象について、自分なりの視点で分析していきたいと思います。また、読者の皆様からの質問にもお答えします。一緒に、新しい社会のあり方を模索していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
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