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回顧そしてローマに思いを馳せる

ドクター畑地の診察室
ドクター畑地の診察室187.2023.4.16. 現役呼吸器内科、総合内科専門医 畑地治です。 世の中に「○○飲んだらすべての病気が治った」「○○制限食をとったらすべての人が健康になる」等、出鱈目情報が溢れています。現代医療の特徴は精密医療で万人に効くような治療はありません。治療方法は個人によって全く違います!おそらく日本で一番多くの呼吸器疾患患者(肺癌、喘息、COPD、肺炎など)を診療する専門医が、最先端の精密医療を解説&ネットでは出し辛い医療や治療の裏側も配信! https://zipangu-management.co.jp/culture_000/hataji/ 三重県出身 自治医科大学卒業後、僻地診療、三重大学勤務を経て、呼吸器内科医師となる 松阪市民病院院長 診療の傍らFM三重で「肺、おさむに聴け!radioを聴いてらんらんらん(lung lung lung)」という毎週月曜日放送の番組を担当 https://fmmie.jp/program/getsumoku/hiosamu.php ***************************** 回顧そしてローマに思いを馳せる  新年度が始まり、我が松阪市民病院にも8人の新研修医が入職しました。今でこそ、医師になって最初の2年間は、内科、外科など色々な科をローテーションするローテート研修が行われてますが、私が研修医となった33年前の1991年には、内科だったら内科、外科だったら外科、眼科だったら眼科など、大学病院医局に入局し、ストレートにその科だけの研修を行うストレート研修が主流でした。そんな中、私は自治医科大学卒業生であり、初期研修終了後3年目からは僻地の診療所で勤務しなければいけなかったことから、全ての診療科を広く浅く学ぶ必要がありました。当時としては珍しいローテート研修を行なったわけです。  産婦人科研修初日のことです。「今からカイザー」「緊急でカイザーになった」などの言葉が飛び交っていましたが、大学の授業に真面目に出席していなかった私は何のことかわかりませんでした。「カイザー」と言う言葉が、帝王切開を意味するんだと気づいたのは翌日のことでした。なぜ帝王切開のことを「カイザー」と言うのか、ローマの「ユリウス・カエサル」が帝王切開で産まれたからだなどと最もらしい説明を してくれた同僚もいましたが、どうやらそれは真っ赤な嘘で、分娩時、妊婦が亡くなった場合には、埋葬する前に腹部を切開して胎児を取り出すことを定めた「遺児法」と言う古代ローマの法律の名前が語源のようで、カイザーには元々切り取ると言う意味があったようです。  さて、今でこそ、出産時のトラブルは少なくなり、母子共に無事なことがほとんどなわけですが、出産時に子供は無事だが母親が亡くなること(あるいはその逆で死産のケース)はローマ時代には多く、ローマの英雄と言われれば必ずでてくる「スキピオ・アフリカヌス」(ザマの戦いでカルタゴのハンニバルを破ってローマを勝利に導いた将軍)も死んだ母親から生まれたと言われてます。そんな中、母親は不幸にして出産時のトラブルで亡くなっても、少しでも胎児を助ける願いを込めて、遥か昔に「遺児法」が制定されたのでしょう。  そもそも、カイザーはドイツ語で皇帝の意味ですが、皇帝「カイザー」の語源にもなり、7月を意味する「July」もこの人の誕生日(7月12日もしくは13日)から来ている「ユリウス・カエサル」(英語ではジュリアス・シーザー)のことを知らない人はいないと思います。(ちなみに8月は彼の養子であるオクタビアヌスの称号アウグツスツからきています。)  カエサルの最も優れた点は「寛大さ」でした。降伏してきた敵に対しては、命を奪うようなことはせず、去就の自由まで与え、再び敵になることまで許してます。一方で、ありとあらゆる逆境においても挫けず、勝利を勝ち取り、演説も上手く、文章を書いては「ガリア戦記」などの傑作があります。巨額の借金があってもいつの間にか消滅してしまい(返済したかどうかは定かではありませんが)、数々の女性と浮き名を 流し、最後はブルータスに暗殺されたことは非常に有名ですが、ブルータスの母親もまたカエサルの愛人でした。若い頃海賊の人質になり、身代金を要求された時、自分の価値はそんなに安くないから、もっと身代金を釣り上げるよう海賊に指示したことも彼らしいエピソードです。    圧倒的に自分に自信があったからこそ、寛大であり得たのかもしれません。他人より、余裕を持って自分が上だと思えたので、全て見下した形で許すことができた、少し嫌なやつだったのでしょうか。なんにせよ、歴史上で最も偉大な人物であることに間違いはありません。  カエサルは圧倒的に能力が高かったため、自分より劣る他人は眼中になかったようです。「ガリア戦記」にもカエサルが総督を勤めるガリアの総督代理(レガトウス)達の名前は出てきません。レガトウスの功績に言及することはほとんど無かった訳ですが、唯一の例外は「ラビエヌス」でした。ラビエヌスは護民官時代よりカエサルの盟友であり、ガリアでの戦いではカエサルを助け、何度も窮地を救ってます。まさにカエサルが心の底から信頼し、長年二人三脚で行動してきた副官だったわけです。しかし、そんな2人にも別れの時がやってきます。  当時、ローマに入城するために、任期を終えたローマ属州の総督はローマの外で自分の軍団を解体し、丸腰でローマ入城を果たすことになっていました。反対派が多く、丸腰で入城したら、どんな運命が待ち構えているかわからないと判断したカエサルは、「もう賽は投げられた」の名言と共に、軍団を率いてルビコン川を渡り、ローマに攻め込みます。そしてローマの既成勢力、即ちポンペイウスを頭とする元老院勢力と 戦うわけですが、その際にラビエヌスはカエサルの元を去ってポンペイウスに味方するわけです。カエサルとしては、長年信頼してきた友であり、副官であったラビエヌスは、きっと自分と共に戦ってくれるだろうと確信していたはずです。  しかし、ラビエヌスはポンペイウスのクリエンテスでした。カエサルの敵、ポンペイウス一門はラビエヌスが生まれた地方の大地主だった訳です。ラビエヌスにとって親友であり、また永年一緒に戦ったカエサルの味方になるか、ラビエヌスにとっては主筋に当たるポンペイウスに就くか、彼は悩んだに違いありません。しかしながら、カエサルよりも、旧来のしがらみを選択したわけです。    カエサルは相当ショックだったようです。流石カエサル、袂をわかってからも、ラビエヌスに指一本触れさせず、自分の元からポンペイウスの元に行くことを許可し、ガリアに残したラビエヌスの荷物を届けてあげるわけですが、寛大になりきれなかったようで、カエサルにしては珍しく、恭順を誓ったラビエヌスの同郷人には労務と物資の提供を命じています。おそらく、カエサルにとっては、ただ1人ラビエヌスだけが 、自分と同じ目線で話せ、信頼できる人物だったが故、ラビエヌスとその周囲に対して、完全に上から目線での、余裕がある行動をとることができなかったのでしょう。そしてラビエヌスは、盟友カエサルと決別した理由を生涯語っていません。  春の夜の夢でしょうか。儚く、移り変わるこの世において、永遠の絆などありません。その後、幾度となくカエサルと干戈を交えたラビエヌスは、カエサルとの戦いの中で命を落とします。そしてその翌年、カエサルもまた暗殺されて波乱に満ちた一生を終えた訳です。  新しい研修医を見て、若かりし頃を思い出し、「カイザー」からローマ時代に思いを馳せて泡沫の夢を見ました。それでは皆様、良い週末を。 ***************************** ドクター畑地の診察室187.2023.4.16号 毎週日曜日お昼に配信予定です。 次号は2023.4.23.です。 お問合せ、感想などはコチラまで zm.magumagu@gmail.com 畑地 治 https://zipangu-management.co.jp/culture_000/hataji/ 三重県出身 自治医科大学卒業後、僻地診療、三重大学勤務を経て、呼吸器内科医師となる 松阪市民病院院長 https ://mie-matsu-kokyuki.mars.bindcloud.jp/ https://www.facebook.com/mch.respiratory.center/ 診療の傍らFM三重で「肺、おさむに聴け!radioを聴いてらんらんらん(lung lung lung)」という毎週月曜日放送の番組を担当

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