1.政府が作成した法律案が成立するまで
2021年に廃案となった出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」)の改正案の議論が再び国会で盛り上がってきています。実は、入管法は2年前に一度議論されたものです。
政府は2021年、入国管理庁の収容施設に長期収容される外国人が存在する問題などを解決するため、一定の場合には在留資格のない外国人を迅速に日本から退去させることなどを盛り込んだ入管法改正案を国会に提出しました。
これに対し、野党は無期限に外国人を収容する施設のあり方や収容の必要性や合理性に疑問があるとして法案に反対。野党の反対を踏まえて、与野党の修正協議がすすめられていました。
その最中、入管の収容施設に収監されていた女性が死亡します。適切な治療が行われていなかったのではないか、といった疑念が噴出し、メディアも大きく取り上げる事態となりました。世論の盛り上がりも考慮し、政府は2021年の国会における法案の成立を断念せざるを得なくなりました。
そして2年の時を経て、今国会に再度改正法案が提出されたものです。
政府が国会に提出する法案は、一般的に
官僚が案を作成し
審議会などの政府の会議で議論し
自民党の政務調査会において、了承し
その後閣議決定されます。
政府内、自民党内で多くの手続きを経て国会に提出された法律(内閣提出法案。以下「閣法」)でも、2021年の入管法改正のように耳目を集める事件があり「内容を慎重に議論しよう」と世論が盛り上がったような場合には、政権与党も支持率低下を恐れて、その法律の成立を見送ることがあります。
内閣法制局のHP(
https://www.clb.go.jp/recent-laws/number/)によると、2022年の通常国会においては提出された閣法はすべて成立していますが、2021年の第204回通常国会で審議された閣法は63本。そのうち61本が可決成立となりました。法案が政府において作成されても5%程度の法律は成立しないということになります。
閣法を提出したからといって必ずその国会の期間に成立するわけではないことをご理解いただけましたでしょうか。
今回は、現在議論中の法案の例を用いて、政府内の議論を経て法案が成立するまでのプロセスをご説明し、法案に影響を与える方法を考えていきます。その中で、国会に提出された閣法が成立しないパターンについても解説します。
(執筆:西川貴清、監修:千正康裕)
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2.審議中の法案を理解するには
審議中の法律の内容は、閣議決定後はHPで公開されています。国土交通省を例にとると、ホーム>政策・法令・予算>(4)国会提出法案とたどることで、国会で審議される法案の中身を確認することができます。そして、(4)国会提出法案の「概要」をクリックしてみましょう。
リンク先には法案改正の概要を示すA4サイズの一枚紙があります。法改正の中身をより正確に知るには、法律案や新旧対照条文を読まなければなりませんが、新聞報道よりも詳しく、かつクイックに法律の内容を知りたい、ということであれば、この概要で足りるはずです 。
3.法案の公表資料に出ていない詳細な情報を得るためには
政策の方向性が企業やNPOなどの経営に大きな影響を与えることは皆さんも感じているはずです。政策の方向性が前もって分かれば、競合に先んじて対応を考えることができます。また政府の公表資料には書いていない、制度の趣旨や官僚の意図等がわかれば、数年後に訪れる制度改正の機会を見据え、筋の良い政策提案ができるはずです。
そんな政府の公表資料からわからない内容を知りたい場合は、国会の質疑をチェックしましょう。政策の具体的な内容が明らかにされることがよくあるからです。
少し前の話ですが健康増進法の改正が2018年にありました。健康増進法の改正法は2017年3月に厚労省の素案が示されたものの、与党・政府内での調整がつかず、2017年の通常国会への法案提出を見送り、2018年の通常国会でようやく成立した法案です。
【健康増進法改正の経緯】
1)2017年3月1日 の厚労省案である「受動喫煙防止対策の強化について(基本的な考え方の案)」の提示
2)2017年3月7日以降、自民党内のタバコ議連、オリパラ議連という二つのベクトルから対案提出
3)2017年5月自民党案作成→塩崎厚労大臣と調整がつかず、法案提出見送り
4)2018年1月厚労省「『望まない受動喫煙』対策の基本的考え方」公表、これに基づく法案国会提出(その後2018年の通常国会で審議・可決成立)
この改正法では加熱式たばこについても規制がなされます。屋内での加熱式たばこの利用は規制されましたが、飲食ができる喫煙室での利用はOKとされました。紙巻きたばこの場合は飲食ができない喫煙専用室でのみ喫煙が認められていることを考えると、加熱式たばこの方が規制が緩やかになっているのは不思議です。
なぜこのような差が設けられたかは、【健康増進法改正の経緯】で示した厚労省の資料では明らかにされていません。でも、国会答弁では明らかにされていました。
第196回国会 参議院 厚生労働委員会 第26号 平成30年7月5日
浜口誠「加熱式たばこは…飲食可能という形にしたのはどのような理由から飲食可能という判断をされたのか…」
政府参考人(福田祐典君)「加熱式たばこにつきましては、その主流煙に健康に影響を与えるニコチンや発がん性物質が含まれていることは明らかでありますが、現時点での科学的知見では、受動喫煙によります将来的な健康影響を予測することは困難であるという状況でございます。
このため、受動喫煙による健康影響が明らかになっている紙巻きたばこのように喫煙専用室でのみ喫煙できるという取扱いとはしないものの、仮に将来、受動喫煙によります健康影響が明らかになった場合には大きな問題となること、また、WHOにおきましても、現時点での健康影響は明らかではなく、更なる研究が必要としているものの、現時点でも一定の規制は必要であると判断していること、こういったことも踏まえ
まして、望まない受動喫煙を防止する観点から、喫煙可能場所以外では加熱式たばこの喫煙を禁止するとともに、加熱式たばこ専用喫煙室で喫煙する場合には、喫煙以外の行為について、飲食も含めて特段の制限を行わないという形にしたものでございます。」
https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=119614260X02620180705¤t=4
この答弁を踏まえると、
‐加熱式たばこについては受動喫煙被害のエビデンスが不十分であること
‐一方で将来、受動喫煙による健康影響が明らかになった場合には大きな問題となること
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