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伏木悦郎のメルマガ『クルマの心』
第514号2023.4.4配信分
●遺書を認めるつもりで書き続けます
前号からの続き。遅れに遅れているこのメルマガ『クルマの心』
ですが、このまま終らせる心づもりは欠片もありません。クルマの
未来に向けて語りたいこと、語るべきことが山ほど残っている感が
絶えないからです。
ここに書き記すのは、クルマに接してきたこれまでの52年間を通
じて振り返ることで見えてくる、未来に向けての『perspective』
ということになると思います。多くを経験し、失敗を積み重ねた上
で見えてくるもの。これは長く生き、尚且つ表現するスキルとそれ
を著すフィールドなしに叶えることは難しい。
私にその資格があるかどうかは判断しかねますが、できるできな
いではなく、やるかやらないか。多分これが私の唯一語れる人生訓
かもしれません。71になりましたが、老いぼれた気分とは程遠い。
あちこちガタが来たポンコツ状態で、壮年期に我が身が眩しく思え
るほど筆力が落ちた感じがします。まあ遺書を認めるつもりで続け
ようと思っています。
遅配の体たらくが続いて読者もめっきりですが、この場合量では
なくたとえ一人でも知っていてくれる味方があれば続ける価値があ
る。そのつもりでいるので、どうぞよろしく。
さて、どこからどう続けよう。これまでの半世紀余りで感じてい
るのは、やはりクルマそのものについてなので遡るのも悪くない。
日本車の変遷(それは軽自動車の初期から現在にいたる戦後の自動
車史に欠かせないものであり、昭和時代までの日本車を形作った5
ナンバー/3ナンバーという枠組であり、世紀末の1990年代から21
世紀初頭2008年9月のリーマンショックまでの上り調子であり、そ
れ以降の現在に至る日本車の栄光に満ちた日々であり、その後の西
欧/米国といった自動車先進諸国や新興勢力の中国の嫉妬と怨嗟に
晒され続けている現在只今までの戦後史そのものになるだろう)を
一段高い俯瞰の眼で見ながら、技術の進歩と社会システムの変遷や
人々の暮らしぶりを通して概観し、未来の進むべき道を模索したい
と思う。
●日本経済の強みの源泉は何か?
まず第一に、シーマの値付けが話題となった。1987年のY31セド
リック/グロリアの翌1988年に満を持しての登場。500万円という
プライスタグに注目が集まり、そんな高価なクルマが羽が生えて飛
ぶように売れた。
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