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「偽パラケルススの『事物の本性について』にみる自然、反自然、超自然」

BHのココロ
  • 2023/07/02
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今回は、2023年6月にフランスのストラスブールで開催された国際会議『パラケルススにおける自然と超自然』で発表した原稿の邦訳版です。先月お届けしたゼンネルトについての原稿とともに、短い準備時間で書いたものなので、荒削りなところがあります。いったん書き上げた原稿に、あとから見出した『虫について』の分析を追加したことから、ややバランスが悪くなっているかも知れません。ワーク・イン・プログレスということで、ご容赦ください。これから徐々に磨きをかけて、いつか出版したいと考えています。 「偽パラケルススの『事物の本性について』にみる自然、反自然、超自然」 1. はじめに  風変わりな著作『事物の本性について』De natura rerum は、パラケルススの名前で出版されたもっとも人気があり成功した書物のひとつだ。その正真性については、現代の標準版全集の編者カール・ズードホフ(Karl Sudhoff)以降の研究者たちが注目するまで、真面目に疑問視されたことはないように思われる。近年では、W・ニューマン、J・テーレ、W・キュールマン、U・ガンテンバインなどの優れた歴史家たちが、この問題を扱っている。 原型となった断片がパラケルスス自身によって執筆されたのだとしても、テクストは出版前に編者や別人によって改変されたと考えるのが妥当だろう。この著者・改変者・編者を偽パラケルススという語で表現することにする。  主題の正確から、『事物の本性について』の大部分は、自然の事物、自然の現象、自然の原因に当てられている。それと同時に、自然界における驚くべき現象や「驚異」の多様な諸相が、このテクストでは観察できる。本発表では、まだまだ断片的で、おそらくは理路整然としていない部分もあるが、私の観察を導入的な研究として示したい。 2. 出版史  『事物の本性について』の最初のドイツ語版は7書構成で出版されるが、有名な書簡が含まれている。著者はそれを親愛なる友人「フライブルクのヨハン・ヴィンケルシュタイナー」に当てている。書簡のなかで、彼は友人ヨハンがこの小著を、「大いなる謎にみちた遠大な宝物」と受けとることを望んでいる。この謎は衒学者たちの眼にさらしてはならないのだ。 この書物が衒学者たちの手に落ちないように、彼は友人に生涯の最期、さらにその先まで秘密を守るように懇願する。この「遺書的」な書簡はあきらかな偽書であり、潜在的な読者の好奇心をひきつけて書物市場での著作の価値を高めるために、優れた広告手段として機能したと思われる。  先行する拙論ですでに述べたように、7書構成の『事物の本性について』は、パラケルススに帰されるテクストの集成に収められるかたちで最初に出版された(バーゼル、1572年)。この集成は『変容』と題されている。なんと人文主義的で錬金術的な印象をあたえるタイトルだろう。第1部として11書が収録されていると謳われ、さらにふたつのテクストが第2部としてつづく。その学術的な編者はボーデンシュタインのアダム(Adam von Bodenstein, 1528-1577)であり、ドイツにおける最初の熱狂的なパラケルスス主義者のひとりだ。 ここで、以下の事実を押さえておくことが重要だろう。パラケルススの正真作である『アルキドクシス』Archidoxis は最初1569年に出版され、多くの版がそれにつづく。これらの諸版は、疑わしい素性の補遺的なテクストを飲みつつ、しだいに補強されていく。こうした出版の動きは、同じバーゼルの町の同じ年1572年に最初のピークに到達する。 競合する出版業者たちと同様な戦術を採用して、ボーデンシュタインもこれまで未出版の主要な作品として『事物の本性について』を集成の冒頭においている。おそらく彼の使用した手稿には7書しか収録されていなかったのだろう、彼は『セメントについて』を第9書、『段階について』を第10書、そして『投下について』は第11書と紹介されるが、印刷はされず、空白となっている。これらのテクストは集成の第1部を構成する。第2部には、『賢者の石のための手引き』と『アルキミア』が収録されている。

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