tabi-tetsu251旅鉄251
[ローカル気動車の旅~久大本線行ったり来たり~(229) ][久大本線へ、ふたたび]この、黒と黄色の対比を見ると
どことなく「注意」を思い出すのは筆者の世代だけなのだろうか。
構内の入れ替え用蒸気機関車の前面に「警戒色」として
黄色の斜め色が描かれていたことを連想する。
機関車がかわいそうだと、当時思ったのだが
入れ替え、と言う仕事を知るにつれて
納得したものだった。
後年、とある私鉄に求人があり
行ってみたところ、貨物の入れ替えがあるので
危険だから、と断られた。
当時の筆者が40歳くらいだったから、なのだが。電車運転士になれたら、映画のようだが
実際には、免許取得に費用が掛かるため
やはり中高年では運転できる年数が少ない・・・と言う理由だったのか
はて、筆者が技術者だったため「そっちで働いた方がいい」と言う
親切心だったのか。
そうかもしれないが。特に筆者は運転志向ではなかったため
その時は諦めた。
新幹線メンテとか、駅員とか・・・いろいろ受けたりしたが。-----memo---------
*敷設の歴史
久大本線の全線開通は昭和9年である。しかし部分開通が始まったのは
大正4年10月30日の大湯鉄道大分-小野屋間開通であるから
長い歴史のある路線だと言える。大湯鉄道は大正11年12月1日買収され
以下、官鉄線として
大正12年9月29日 小野屋-湯平
大正14年7月29日 湯平-北由布
大正15年11月26日 北由布-野矢
昭和3年10月28日 野矢-豊後中村
昭和5年12月15日 豊後中村-豊後森
昭和7年9月16日 豊後森-北山田
昭和8年9月26日 北山田-天瀬
以西の路線は久留米側より久大西線として敷設が進み
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