当方が京都大学の今のポジションに移動した15年ほど前から毎年、秋には藤井研究室を卒業して教授や准教授になった方々と、その学生さん達を集めて大きなゼミ合宿で行っています。
このゼミは「本ゼミ」というもので、我々が指定した本を学生さん達が読んで、報告してもらい、それについて我々教授陣が解説したり皆で議論したりする、というもの。
で、毎年この一番最後に、各先生方今関心持ってるお話しをする、という二日間のゼミなのですが、今年も一番最後に、当方から講話しました。
今回当方が講話した際に取り上げたのが、こちら。
『「過剰医療」の構造
~病院文明のニヒリズム』
(表現者クライテリオン 令和5年11月号)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0CKBSHQC7
当方いつも、特定の出版について講話することはないのですが、それは、年に一回のゼミのシメには、数年、数十年の長期的なビジョンを話をすることにしていたからです。
ですから、今回のように特定出版をテーマに話をしたのは、これが初めて、だったのです。
今回のゼミで、当方が最初に口にした台詞は、次のようなものでした。
『最新の表現者クライテリオンのテーマは「過剰医療」なんですが、僕はこのテーマについては、「金脈」を掘り当てたような気持ちになっています。どういう意味で、このテーマが「金脈」なのか、説明したいと思います。』
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