週末号に間違いがありましたので訂正をします。すいません。
おはようございます。
日本シリーズは阪神の38年ぶりの優勝。大阪の町の大騒ぎをみていると「よかったね」という言葉が自然と出てきます。なぜ阪神有利とみていたか、といえば、バッターがボールの見極めが早く早打ちをしていたことです。要はボール玉を振っていたので投手を攻略できない、と思っていたのですが、連戦のうちにだんだんとアジャストしてきた、ということだけです。オリックスはきちんと見極めていたのですが打てない、この差は大きいな、と考えていました。ただ、第六戦の山本は素晴らしかった、5回以降はもう完璧、というような内容(ちっともみていないのですけど5回の中野の三振をみてダメだこりゃ、と思いました)でした。セオリーというものが何でもあり、バッターが打つ条件というのはボールを見極め、ボール球を振らないこと、これだけ、だと思います。きちんと見極めている打者の打球というのは鋭いのは観察していればわかると思います。
そして投げるべき人がきちんと投げる、山本さんにとっては過酷なシーズンだったのですが、第六戦の5回以降は手も足も出ない、という状態だったと思います。それまでオリックスの投手は、ストライクが入らない、状態で、阪神はボール球を振っていたのですが、見逃せばストライク。良い投手だな、と思いました。
では、マーケットのセオリーというのは何か、を考えていきたい、と思います。
■その前に中東
中東戦争に関していえば、私たち日本は西側陣営で欧米の価値観と一緒ということが前提条件だと思います。ただし、この欧米の価値観、というものでイスラエルは誕生したのですが、それが常に正しい、という訳では「ない」、ということを今回の戦争、紛争が証明をしたと思います。
欧米の価値観に合わない国々は世界にたくさんありますが、その価値観ゆえに誕生したのがイスラエルです。仮に欧米の価値観が正しければ、このような戦争は勃発していないはず、と考えるべきで、なんでもかんでも自陣営、日本の考え方、引いては欧米の価値観が常に正しい、と思いこまないようにしたい、ものです。イスラエルなどは典型的な欧米の価値観の具現化の国です。ただ、私たちは欧米の価値観の恩恵をめいっぱい被っているのですから全部を否定することはあり得ないことだと私は思います。ただ、自分の主張ですので、それは常に間違っているかもしれない、という疑問を常にもつことが大事だと、私は思います。
人のコンセンサス、合意形成などに100%がないように、価値観のどちらか一方がすべて正しい、なんて主張をエックスなどでよく見かけますが、しかもこの多様性の時代に、相手の主張を全否定する書き込みなどを見るとイヤな気分になります。私などは逃げ道を用意して批判をするときがありますが、その逃げ道を使い、あーだ、こーだ、と言われると疲れるので、面倒くさいので、ごめん、とかすぐ言ってしまいます。用意した逃げ道を使って相手を叩き潰すような卑怯な行為をみななぜ行うのか私には理解できない、というのが素直な感情です。
どちらにしろ、今回はウクライナと違い、アメリカの主張にはかなりの違和感を覚える方も多数だと思います。イスラエルの首脳が核兵器使用もあり得る、と言っているのはプーチンのやり方、そのものではないのでしょうか? これが同じ価値観を共有するイスラエルの実態だと思います。この脅しが、正しい、と誰も思わないでしょう。
戦争でも、マーケットでも一方的に自分の主張がすべて正しい、なんてことはありえません。ただ、今のマーケットには間違っていることの方が多くありすぎ、と個人的には感じています。
この記事は約
NaN 分で読めます(
NaN 文字 / 画像
NaN
枚)