池田清彦のやせ我慢日記
/ 2023年12月8日発行 /Vol.253
INDEX
【1】やせ我慢日記~知能に関する遺伝的な差を無視することはできない~
【2】生物学もの知り帖~鳥の渡りは適応的なのだろうか?~
【3】Q&A
【4】お知らせ
『知能に関する遺伝的な差を無視することはできない』
遺伝くじ(遺伝子あるいはDNAの組み合わせ)と知的能力には多少の相関があるという話は前回した。子は誰でも両親からDNAを半分ずつ引き継ぐが、生殖細胞の減数分裂と受精の過程で、どんな組み合わせになるかは偶然なので、両親のゲノム(全DNA配列)が完全に分かっていても、子がどんなゲノムを持つかは予測不能である。ヒトの染色体数はn=23なので、減数分裂の結果生じる配偶子(卵や精子)の種類数は2の23乗で約840万になる。そのあと、受精の時に両親から23個ずつ染色体をもらうので、同じ両親から生まれた子の染色体の組み合わせの数は、840万の2乗、約7×10の13乗通りになる。
さらに減数分裂をするときに、相同染色体の対合が起きて、相同染色体同士でDNAの組み換えが起こるので、同一の両親から生まれた子でも、同じDNAを持つ確率は、ほぼゼロだ。結果的に世界に1人として同じゲノムを持つ人はいないことになる。
かつては1卵生双生児だけは全く同じゲノムを持つと信じられていた時もあったが、1つの受精卵が発生途中で分裂して別れた後の胎児は独立の道を歩むので、その途中で異なる突然変異が起きてゲノムの組成は微妙に異なっていき、全く同じということはないのだ。もちろん他の兄弟・姉妹に比べて極めて近いことは間違いないけれど。
遺伝的組み合わせと知能には多少の相関があると主張すると、優生学的考えだとの批判が今でもあるようだが、それははっきり誤解と言ってよい。優生学は優れた遺伝子を残し、劣った遺伝子を淘汰することによって、人類を改良しようとのパトスで、そのために、劣っていると看做した人たちを去勢したり、時には殺戮したりしたおぞましい歴史を持つ。しかし、ヒト一人のゲノムの遺伝情報は膨大で、劣った人とみなされた人のゲノムにも優れた形質に関与する遺伝情報が含まれており、逆もまた真なので、両親の表現型が分かっても、どんな遺伝くじを引いて生れてくるかは分からない。
そもそも、知能を含めた形質の優劣は、その時代の社会的・医療的文脈によって異なるので、その時代の文脈から見て劣等と思われる形質も、異なる時代では何の問題もないこともある。例えば、メガネがない時代にあっては、強い近視は劣等形質であったろうが、今では眼鏡をかければ何の問題もない。あるいは前回述べたフェニルケトン尿症は、今では有効な対処法があるので、適切な食事を心がければ、問題は生じない。すべてにおいて完璧な遺伝くじを引く人はいないので、軽微な欠陥を生じる遺伝子を持つ人をすべて除去すると、人類はいなくなってしまう。
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