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第76回目の淺野幸彦メールマガジン「リベラルアーツ事始め」をお送りします。
前回は日本文化、日本固有の精神構造あるいは美意識、特に江戸時代の美意識を分析した著書『「いき」の構造』(*1)が書かれた背景・要因と考えられる哲学者・九鬼周造(*2)の留学時代、生い立ちや、九鬼哲学の特徴、「いき」という言葉の翻訳の難しさなどについての説明・考察しました。
今回は、『「いき」の構造』において九鬼周造が「いき」の三つの本質的な性質や特徴として挙げた「媚態」、「意気」、「諦め」の内のまずは「媚態」について考察していきます。
尚、九鬼周造は「徴表」という哲学用語を使っていますが、「ある事物の特徴を表すもので、それによって他の事物から区別する性質」という意味で、ドイツ語の「メルクマール(Merkmal)」(*3)の訳語です。
本考察では「本質的な性質や特徴」というわかりやすい言葉を使います。
(*1) 九鬼周造:
http://tinyurl.com/3zbckaxh
(*2) 『「いき」の構造』:
http://tinyurl.com/jxbc36tu
http://tinyurl.com/33cat344
(*3)メルクマール:
http://tinyurl.com/5azk8h76
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◆「媚態」は恋のかけひき?
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第74回目の「いき(粋)」をめぐる野暮な考察(笑)」(*4)で書いたように、最初は、遊里、遊興の場での遊び方を心得ている男性に使う褒め言葉だった「いき(粋)」ですが、後に遊里の女性の美しさや色気、衣装、着こなしなどにも使われるようになりました。
さらに江戸時代末期の文化・文政時代以降は、女性一般の媚態を示すようになりました。
(*4)「いき(粋)」をめぐる野暮な考察(笑)」:
https://x.gd/n3M7k
「媚態」とは、一般的には「相手の気を引いたり機嫌を取ろうとしたりするための媚びた振る舞い」というような意味で使われ、特に女性の男の気を引くような媚態が混じった仕草や様子や、女性が見せるなまめかしい物腰を意味しますが、「かけひき」的な要素があります。
「恋のかけひき」(*5)という邦題のついたポップソングもありましたね。
もっとも原題は「Don't Pull Your Love」で、恋人にふられそうになっている男性の未練たらたらの歌ですが・・。
(*5)恋のかけひき:
http://tinyurl.com/43c2rye6
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◆「媚態」≒「コケットリー」?
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九鬼周造が「いき」の本質的な性質と洞察した三つの内、「意気」、「諦め」には当てはまりませんが、「媚態」はフランス語の「coquetterie(コケットリー)」という言葉と意味内容が近いように思います。
「coquetterie(コケットリー)」は、「coq(雄鶏/おんどり)」に由来する言葉です。
「coq(雄鶏)」は男性に対し「いい男、なれなれしい男、やんちゃ坊主」というような意味で使われていたそうです。
余談ですがフランスのシンボルは「coq(雄鶏)」(*6)です。
なお、「雌鶏(めんどり)を意味するフランス語は「poule(プーレ)」です。
しかし、「coq(雄鶏)」の女性形が「coquet」で、その名詞形が「coquetterie(コケットリー)」です。
男性の気を引こうとする「色っぽい」(*7)様子を意味します。
「艶(つや)っぽい」(*7)とか「婀娜っぽい(あだっぽい)」(*8)とも言えるでしょう。
ですので、「coquet」には雌鶏という意味はありません。
(*6)フランスのシンボル「coq(雄鶏)」:
http://tinyurl.com/4pzw9r6w
(*7)「色っぽい」と「艶っぽい」の違い:
http://tinyurl.com/3z4rmt47
(*8)婀娜:
https://x.gd/PiOqC
「媚態」は「いき」の三の特徴の内の一つでしかありませんが、前述したように「いき」もはじめは男性に使われていたものが女性にも使われるようになったということでは同じです。
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◆「媚態」≠「コケットリー」?
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「媚態」はフランス語の「coquetterie(コケットリー)」に近い(≒)と書きました。
しかし、フランスの政治家で美食家でもあったブリア=サヴァラン(1755~1826)(*9)は食事にまつわる事柄について科学的、哲学的考察を進めてゆく美味学の古典的随筆集『美味礼讃』(*10)では、コケットリーは他言語への翻訳不可能と言い切っています。
ロマネスク(*11)的な奔放な想像力によって現実の論理・事象の枠を飛び越えた情熱に駆り立てられるような恋愛。
女性のコケットリー。
ファッションのモード。
この三つが彼の生きた時代のフランス社会を牽引する大きな原動力だと記しています。
これらはフランスの発明であり、特にコケットリーという概念に関しては、フランス語以外では絶対に表現することができないと彼は強調しています。
彼の生きた時代、フランスの女性特有のある資質を評するものの一つにコケットリーのあったことがうかがわれます。
玉村豊男(*12)編訳の中公文庫版『美味礼讃』(*13)には以下の注が付けられています。
・・・以下引用・・・
コケットリーという言葉は、雌鶏がコッ、コッ、コケッと鳴く音から生まれたとされる。
雌鶏が雄鶏の気を引いて性的な接触を誘うときの求愛行動から、女性が男性を誘うときの媚態、思わせぶりな、ときにはこれ見よがしな、男をその気にさせる言葉や表情、ちょっとした行動などを指すようになった。フランス語から発したこの概念は英語にも伝わり、英語ではコケティッシュという形容詞がよく用いられる。
・・・引用ここまで・・・
(*9)ブリア=サヴァラン:
http://tinyurl.com/ua4e6va2
(*10)『美味礼讃』:
https://x.gd/v2xhj
(*11)ロマネスク:
http://tinyurl.com/4yexuc38
(*12)玉村豊男:
https://x.gd/1ZOWi
(*13)中公文庫版『美味礼讃』:
https://x.gd/uz915
フランス語文化圏特有のコケットリーという概念は英語文化圏にも伝わりコケティッシュという形容詞がよく用いられるということなので、オリジンはフランス語でも、他文化へもそのエッセンスは伝わっていると考えます。
ですから後代、ドイツの哲学者(生の哲学)(*14)、社会学者のゲオルク・ジンメル(*15)(Georg Simmel, 1858年~1918年)が「コケットリー」を研究しているのでしょう。
(*14)生の哲学:
https://x.gd/8crpT
(*15)ゲオルク・ジンメル:
http://tinyurl.com/wh6tse6h
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◆ジンメルによる「コケットリー」
誘惑と拒絶を同時に提示
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