メルマガ読むならアプリが便利
アプリで開く

「ルネサンス・初期近代におけるガレノス論争」(前半)

BHのココロ
  • 2024/03/02
    • シェアする
今回は、今年4月に出版される『オックスフォード版ガレノス必携』に寄稿した論考の邦訳版(前半)をお送りします。2018年のヴェネツィアでの国際会議で発表した原稿に加筆して論文化したのは2020年でした。2021年に編者から微調整を要請された改稿版を提出してから出版まで3年かかったことになります。しかし29編の論考をふくむ700頁におよぶ論集を編むという作業は、本当に時間のかかるものなのです。 「ルネサンス・初期近代におけるガレノス論争」 はじめに  ルネサンス期ヨーロッパは、人間とその社会や自然における地位を強調する新しい学問的なアプローチが興隆する。この知的な運動は、歴史家たちに「ルネサンス人文主義」と呼ばれている。その主要人物たちは、中世のヨーロッパ人には知られていなかったギリシアやラテン語の古代文献を収集・編集・翻訳・注解・出版することに、しばしば心血を注いでいる。 彼らの盛んな活動は、新たに再生された源泉からそれまで知られていなかった考えや見解を提供し、伝統的な大学教育における権威の教えや学説に疑問符をつけることにもつながる。その影響下で医学的な教育をうけた人文主義者や人文主義的な訓練をうけた医学者たちは、15世紀後半から活発な活動をおこなう。 こうした動きは、医学的な哲学者や哲学的な傾向をもつ医学者たちという「哲学的な医学者」の誕生をうながす。彼らは、生物学的・医学的な含意をもつ多様な哲学的な主題に熱心にとり組むことになる。そして自然的な諸問題へと哲学全体を方向転換させることに大いに貢献し、それらの諸問題はつづく科学革命期の主要人物にとって決定的な重要性をもつにいたる。  ガレノス主義は西洋医学の伝統を支配してきたが、16世紀初頭の医学的な人文主義者たちの盛んな活動が生まれる以前の中世とおして、ガレノスのテクストそのものについての知識は比較的にかぎられていた。そのかわりに西洋の医学者たちは、アヴィセンナ(Avicenna, 980-1037)の『医学典範』をはじめとするアラビア語圏の著者たちによって展開された解釈に依存していた。 この点において、ヤコブス・パルティブスとも呼ばれたジャック・デパール(Jacques Despars, c. 1380-1458)の著作は、医学的な人文主義の誕生直前に、どのようなガレノスの著作が知られ、利用されていたのかを知る手助けをしてくれる。15世紀前半にパリ大学の医学部で活躍したデパールは、アヴィセンナの『医学典範』への浩瀚な注解書を書いている。こ の注解書は1432年から1453年にかけて執筆され、とくに1498年に死後出版された版によって知られている。そのなかでデパールは、彼の時代に入手可能だったガレノスの著作から膨大な知見を抽出している。これらの著作は『人体諸部位の用途について』をふくめ、約55点にのぼっている。

この続きを見るには

この記事は約 NaN 分で読めます( NaN 文字 / 画像 NaN 枚)
これはバックナンバーです
  • シェアする
まぐまぐリーダーアプリ ダウンロードはこちら
  • BHのココロ
  • ルネサンス・初期近代のインテレクチュアル・ヒストリー研究の専門サイト bibliotheca hermetica (通称BH)がお送りする研究のエッセンスです。
  • 880円 / 月(税込)
  • 毎月 2日