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渡辺勝幸の日本一元気になるメールマガジン
第4914号 令和6年2月27日(火)発行
発行部数 9,661 部
【再録】主席随員でしたがネクタイ忘れ大騒ぎ
ー福田赳夫その21ー私の履歴書 保守政権の担い手
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【再録】主席随員でしたがネクタイ忘れ大騒ぎ
ー福田赳夫その21ー私の履歴書 保守政権の担い手
昭和の偉人たちが何を考え、失敗にどう対処し、
それをいかに乗り越え、どんな成功を収めたのか、
日本経済新聞に掲載されている、
自伝コラム「私の履歴書」から
探ってみたいと思います。
保守政権の担い手であった昭和時代の政治家を中心に分析。
歴史から未来をつくっていきたいと思います。
『保守政権の担い手─私の履歴書』
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福田は1971(昭和46)年6月、佐藤総理から突然
「今度外務大臣になって秋の天皇陛下のご訪欧のお供をしてもらいたい」
といわれます。
胆嚢炎の持病をなおすべく、
七月初め虎の門病院に入院し、胆石摘出の手術を受けることに。
退院後、念のため八月末まで箱根で静養しましたが、
この二カ月間に戦後史の一大転機が訪れたのでした。
1971(昭和46)年7月15日にはニクソン米大統領の中国訪問発表、
そして8月15日には米ドルの金との交換停止という
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