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【Vol.525】冷泉彰彦のプリンストン通信『2034年の世界を考える』

冷泉彰彦のプリンストン通信
「経産官僚が本屋のノウハウを教えたい理由」  経済産業省が「売れる本屋」のコツを教える「専門チーム」を設置するそうです。確かに書店というのは衰退産業ですし、その一方で文化的意義はあるので、完全に衰退に任せていいとは思いません。私自身が本を書く人間ですから、その思いにはかなり深刻なものもあります。  そうではあるのですが、報道によれば、日本有数のブレーン集団である経済産業省が、減少する書店の振興に「専門的に取り組む省内横断のプロジェクトチーム」を作ったという、この話には第一印象としては不自然なものを感じる方も多いのではと思います。  具体的には、カフェの併設やイベント開催で集客するといった各書店の工夫をまとめ、他店と事例を共有することで経営に役立ててもらうのだそうです。ですが、特定の小規模業界の、そんな細かなことを、どうして霞が関の中央官庁がやるのか、やはり疑問を持つ方もあるかもしれません。  一体その背景には何があるのか、考えてみました。  一つには、齋藤大臣にしても岸田総理にしても、今の閣僚とか、あるいは財界の指導層などというのは絶望的なまでに「紙版世代」あるいは「書店世代」なので、世代的に彼らに「アピール」する施策を考えた可能性です。  ですが、特定世代の趣味に迎合するような政策を実施して、特に経産省の実務クラスが得をするということは考えにくいと思います。彼らの世代に「刺さる」政策をやって関心を引き付けておいて、その裏で彼らの理解できないAIとか量子コンピューティングなどのプロジェクトをやろうなどという、カモフラージュ作戦とも思えません。  そもそも、齋藤経産相はそんなに間抜けな政治家でもないし、頭の固い守旧派でもなさそうです。  この問題の裏には、もっと深刻なものがあるのだと思います。それは、次の2つの問題です。  1つは、このペースで書店が減っていくと、新刊本が出た場合に、よほどのベストセラー作家や、人気漫画家でもない限り、初版部数が1500とか1000を割るようなことになってしまいます。本というのは、編集して製版する固定費が大きいので、最初の部数が小さいと定価が3千円とか5千円に跳ね上がり、一般読者には書いづらくなります。つまり書店が減ると、出版活動そのものが、ビジネスとして崩壊してしまうのです。  2つ目は、現在既に小規模な町村では書店が消滅していますが、このままですと中規模の市のレベルでも書店ゼロというエリアが増えていきます。そうなると、例えば子どもの教育にも支障が出ますし、地域の文化が消滅することにもなりかねません。  つまり、日本の知的文化が崩壊するかどうかの臨界点は、ジワジワと迫っているのです。そう考えると経産官僚が危機感を持つのは当然ですし、このようなプロジェクトを立ち上げようというのも自然です。むしろ、こうしたテーマに敏感であるべき野党などが、この問題を取り上げてこなかったことの無策にも驚きます。  自民党というのは、残念ながらカラオケとか怪しいパーティーといったカルチャーを持った政党なので、あまり期待はできません。ですが、少なくとも野党の方は、この種の文化的危機にはもっと敏感になってもらいたいとも思うのです。いずれにしても、経産省には頑張っていただきたいと思います。

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  • 冷泉彰彦のプリンストン通信
  • アメリカ北東部のプリンストンからの「定点観測」です。テーマは2つ、 「アメリカでの文脈」をお伝えする。 「日本を少し離れて」見つめる。 この2つを内に秘めながら、政治経済からエンタメ、スポーツ、コミュニケーション論まで多角的な情報をお届けします。 定点観測を名乗る以上、できるだけブレのないディスカッションを続けていきたいと考えます。そのためにも、私に質問のある方はメルマガに記載のアドレスにご返信ください。メルマガ内公開でお答えしてゆきます。但し、必ずしも全ての質問に答えられるわけではありませんのでご了承ください。
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