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「水戸黄門のような勧善懲悪」世界観はなぜ害悪なのか 佐々木俊尚の未来地図レポート Vol.798

佐々木俊尚の未来地図レポート
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 佐々木俊尚の未来地図レポート     2024.3.18 Vol.798 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.pressa.jp/ 【今週のコンテンツ】 特集 「水戸黄門のような勧善懲悪」世界観はなぜ害悪なのか 〜〜〜イスラエルとパレスチナの戦争から学ぶ「問題解決の壁」 未来地図キュレーション 佐々木俊尚からひとこと ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■特集 「水戸黄門のような勧善懲悪」世界観はなぜ害悪なのか 〜〜〜イスラエルとパレスチナの戦争から学ぶ「問題解決の壁」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 読解力のない人は、世界をどう理解しているのでしょうか。もちろん個別のケースがありその理解のありようは一様ではないのですが、わたしがそうした人たちにTwitterなどで触れてきた経験からいえば、だいたいにおいて、彼らは「過去のステレオタイプ」に凝り固まっていることが多いようです。 そうした「過去のステレオタイプ」とはどのようなものか。最も多いのは、時代劇「水戸黄門」のような勧善懲悪的なステレオタイプ世界観です。「世界には善人と悪人がいる。悪人を倒せば、世界は良くなる」というものです。このステレオタイプ「水戸黄門の勧善懲悪」世界観は、右でも左でも無限に派生させることができます。「自民党は悪である。自民党政権を倒せば、世界は良くなる」「イスラエルは悪である。イスラエルを倒せば、世界は良くなる」「プーチンは悪である。プーチンを倒せば、世界は良くなる」 最後の「プーチンは悪である。プーチンを倒せば、世界は良くなる」は、良識的にそう理解している人も多いでしょう。でも本当にそうなのかはもっと深く考える必要があります。そもそもプーチンという独裁者は、何もないところから生まれてきたわけではありません。振り返れば21世紀初頭にプーチンがロシア大統領に就任したころは、「開明的でリベラルで、西側寄りな若き指導者」と見られていたのです。なぜそのプーチンが、隣国ウクライナに残酷な侵略戦争を仕掛ける独裁者になってしまったのか。 その背景を考えるためには、ロシアという風土や民族にまで理解を広げていく必要があると思います。ここではあまり深入りしませんが、たとえばロシア政治の専門家である故木村汎さんのこの本など、非常に参考になるでしょう。 ★「プーチンとロシア人」Kindle版 https://amzn.to/43iBEH9 同書を読むと、かりにプーチンが暗殺されるなど何らかのかたちで表舞台から姿を消したとしても、ロシアという風土はやはり独裁政治を求めてしまうのかもしれないーーと考えさせられます。実際、欧米の外交専門家には、仮にプーチンがいなくなったとしても「ロシア政治はさらに混乱し、プーチン以上の独裁者が登場してくる危険性がある」と指摘する人が少なくないようです。日本語版も出ている米外交誌「フォリンアフェアーズ」などでもそういう論考を目にします。プーチンがいなくなれば解決するということではないのです。 ステレオタイプな勧善懲悪が当てはまらないのは、イスラエルとパレスチナの問題でも同じです。日本でも「イスラエルは悪」論が大量に蔓延っていますが、構図はそう単純ではありません。1990年代には、イスラエルとパレスチナが和平に向かう好機もあったのです。イスラエル側のその立役者だったのは、92年に首相に就任した中道左派のイツハク・ラビン。 前回紹介した翻訳書「イスラエル 人類史上最もやっかいな問題」は、ラビンの人物像をこう紹介しています。「ぶっきらぼうで無口、話は単刀直入、チェーンスモーカーでウイスキーを好み、屈強さで名高い元軍人で、建国以前のパレスチナで生まれた初のイスラエル首相。要職を歴任し、きわめて経験豊富だった」「イスラエルで最も敬愛される組織である国防軍の権化だった。戦争と平和という問題に関して、普通のイスラエル人はほかのどの指導者よりも彼を信頼していた」 ラビンは元軍人でしたが、1980年代のインティファーダ(パレスチナ人たちの武力的な抗議行動)に衝撃を受けて、和平を決意するのです。政権を樹立した日にラビンはこう語ったといいます。「目下の状況では、選択肢は二つしかない。安全な和平を実現すべく真剣に努力するか……あるいは、永久に剣によって生きるか」 そして同書はこう書いています。「ラビンは、何百万人ものパレスチナ人たちの生活をイスラエルがいつまでも支配し続けられることはできないと考え、この国を守る唯一の方法は和平によると信じていた」。 この信念を実現するため、イスラエル国内のアラブ系政党に働きかけて政権のパートナーとして処遇し、パレスチナの占領地に新しく入植地をつくることを凍結し、当時パレスチナの政治的実権を持っていたPLO(パレスチナ解放機構)アラファト議長との直接交渉に乗りだしたのです。 「ラビンもアラファトを信じておらず、軽蔑し、嘘つきのテロリストと見なしていたが、それでもアラファトとPLOだけがパレスチナ人のために交渉して和平を実現できるということは理解していた。ラビンはアメリカのある外交官にこう語っている。『そうするしかないだろう? 和平は友人とではなく、まったく共感できない敵と結ぶものだ』」 まさにこの言葉こそが、大事なのです。「和平は友人とではなく、まったく共感できない敵と結ぶものだ」。「水戸黄門の勧善懲悪」からは、このような発想は絶対に生まれてきません。勧善懲悪からは「敵を殲滅せよ!」という発想しか生まれてこないのです。このラビンの世界観というものがありうるのだ、ということを伝えることがとても大切なのです。

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